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ガシャポンからスタートしたSDガンダム

アニメのガンダムシリーズに登場するロボットを可愛くデフォルメにしたSDガンダムは、30年以上続いているバンダイの人気ブランドになっている。

SDガンダムの最初の商品、スーパーディフォルメガンダムワールドが企画された時にデザイナーとして起用された横井孝二は、その時はまだ高校生だった。


インターネットが無かった時代の出来事

模型情報の読者参加ページにて、横井孝二が投稿した絵が度々掲載された。

bandai mokei jowhow 1981 11 01

1981年10月25日に発行された模型情報1981年11月号にて、機動戦士ガンダムのグフの絵が掲載された。この時は13歳の中学2年生だった。ペンネームは鳥山劣にしていて、尊敬する漫画家の鳥山明の姓と、鳥山明よりも劣る存在として、名を劣にしていた。
メモ 横井孝二の誕生日は、1968年3月12日。ペンネームの鳥山劣は、とりやまおとると読む。

bandai mokei jowhow 1982 03 01

1982年2月25日に発行された模型情報1982年3月号にて、鉄人28号の絵が掲載された。この時は13歳の中学2年生だった。

bandai mokei jowhow 1982 04 01

1982年3月25日に発行された模型情報1982年4月号にて、機動戦士ガンダムのズゴックの絵が掲載された。この時は14歳の中学2年生だった。
メモ 横井孝二の誕生日は、1968年3月12日。4月から中学3年に進級。

bandai mokei jowhow 1982 05 01

1982年4月25日に発行された模型情報1982年5月号にて、機動戦士ガンダムのMS-06R高機動型ザクIIの絵が掲載された。この時は14歳の中学3年生だった。

bandai mokei jowhow 1982 07 01

1982年6月25日に発行された模型情報1982年7月号にて、ドクタースランプのリブギコとキャラメルマン1号の絵が掲載された。この時は14歳の中学3年生だった。

bandai mokei jowhow 1983 01 02

1982年12月25日に発行された模型情報1983年1月号にて、ザブングルの旧式ホバギーとレッグをデフォルメにした絵が掲載された。この時は14歳の中学3年生だった。鳥山明の世界に馴染みそうな雰囲気にしている。

bandai mokei jowhow 1983 02 02

1983年1月25日に発行された模型情報1983年2月号にて、ダンバインをデフォルメにした絵が掲載された。この時は14歳の中学3年生だった。

bandai mokei jowhow 1983 06 01

1983年5月25日に発行された模型情報1983年6月号にて、幻魔大戦のベガをデフォルメにした絵が掲載された。この時は15歳の高校1年生だった。

bandai mokei jowhow 1983 07 02

1983年6月25日に発行された模型情報1983年7月号にて、ザブングルのギャロップの上にザクの頭を描いた絵が掲載された。この時は15歳の高校1年生だった。

bandai mokei jowhow 1983 12 01

1983年12月1日に発行された模型情報1983年12月号にて、メカニコングをデフォルメにした絵が掲載された。この時は15歳の高校1年生だった。

hobby japan 1983 01 01

横井孝二は、模型専門誌のホビージャパンにも絵を投稿していた。1982年12月25日に発売されたホビージャパン1983年1月号にて、映画のキャラクターをデフォルメにした絵が掲載された。この時は14歳の中学3年生だった。
メモ 横井孝二の住所が記載されているが、現在は住宅は無い為、加工せずに当ページに掲載した。

takara 3d journal no.3 01

横井孝二は、玩具メーカーのタカラにもさりげなく自己PRをしていた。1984年2月20日に発行されたデュアルマガジン別冊3Dジャーナル創刊2号にて、チョロQボトムズのプレゼントが行われた。横井孝二は葉書に絵を描いて応募した為、1984年4月20日に発行された同誌第3号にて応募時の葉書が掲載された。応募時は15歳の高校1年生、掲載時は16歳の高校2年生だった。
メモ 横井孝二の住所が記載されているが、現在は住宅は無い為、加工せずに当ページに掲載した。
メモ チョロQボトムズは、1984年3月に発売された。そしてチョロQゴーグは、1984年6月に発売された。
メモ 1984年1月20日に発行された3Dジャーナル創刊号にて、スコープドッグをデフォルメにした絵が2点掲載された。しいばみつおと小出拓が描いた。
メモ タカラから発行された3Dジャーナルは、バンダイから発行された模型情報から着想を得ていることが考えられる。
メモ 3Dジャーナルにて記載している発行日は、発売日を意味している。


静岡県の子会社で発行された模型情報

静岡県にあったバンダイ模型は、バンダイの子会社として1971年5月に設立された。
メモ 1969年に倒産した今井科学の清水工場と設備をバンダイが買い取って、グループ会社にした。

模型情報は、プラモデルのパッケージや組立説明書を制作していたバンダイ模型のデザイン課が発行した月刊情報誌で、同課にいた加藤智が編集をしていた。サイズや雰囲気は田宮模型のタミヤニュースから着想を得ていて、さらに右開き、縦書き、軽い文体は平凡出版の雑誌POPEYEから着想を得ていた。模型情報というネーミングをしたのも、加藤智だった。
メモ 加藤智は、1975年にバンダイ模型に入社した。

bandai mokei jowhow 1983 04 01

1983年3月1日にバンダイ東京本社はバンダイ模型、バンダイ出版、ポピー、他4社を合併して、バンダイ模型はバンダイ静岡工場という部署名になった。そして営業を担当していたバンダイ東京本社の模型部は、ホビー事業部という部署名になった。

bandai mokei jowhow 1983 04 02

模型情報の裏表紙にて記載している発行日は発売予定日を意味していて、発行日に発売されたこともあれば数日違いで発売されたこともあった。

模型情報の誌面にて編集部という呼称を記載しているが、1985年に安蒜利明が入社して模型情報に配属されるまでは、加藤智が1人で編集をしていた。模型情報の発行部数が多くなると、雑務担当として女性社員が1人配属された。そして安蒜利明が配属された時には女性社員は2名になっていて、編集部はパーテーションで仕切られた空間になっていた。
メモ 最初に配属された女性社員の青山弥生は、模型情報1984年12月号と1986年12月号にて写真が掲載された。その後に追加された女性社員の件は、バンダイ静岡工場にいた外岡仁に問い合わせて情報を得た。
メモ 加藤智が1人で模型情報を編集していた件は、モデラーの秋山徹郎と、漫画家の北崎拓に問い合わせて情報を得た。


模型情報=バンダイ静岡工場デザイン課が横井孝二を起用

横井孝二は、杉原昌子と同時期に、模型情報に起用された。

bandai mokei jowhow 1984 03 03

1984年3月1日に発行された模型情報1984年3月号にて、4コマ漫画の第1回目が掲載された。この時は15歳の高校1年生だった。

4コマ漫画に描かれているダンバインは、関節の可動を気にせずに極端に縮めて丸っこくしている。

bandai mokei jowhow 1984 03 04

模型情報1983年2月号と1984年3月号の間には、1983年7月9日に公開されたアニメのチョロQダグラムがある。この点から横井孝二はチョロQダグラムから着想を得て、デフォルメのバランスを変えたことが考えられる。
メモ 横井孝二に関連した記事は、どれも鳥山明からの影響があったことを記載している。しかしロボットのデフォルメのバランスを大胆に変えたきっかけについては、チョロQダグラムの公開以降に丸っこいデフォルメロボットを多く発表したこと、チョロQボトムズのプレゼントに応募していたこと、まだ15歳で経験が浅く影響を受けやすい年齢だったこと、鳥山明が描いたモビルスーツはズゴック以外は丸っこくしていなかったことも含めて考え、鳥山明の件は除外した。横井孝二に問い合わせたが、返答は得られなかった。
メモ 創作物は、過去の創作物の積み重ねで成り立っている

choro q dougram01

チョロQダグラムは、場面ごとにデフォルメのバランスが異なる。その中で、関節の可動を気にせずに極端に縮めて丸っこくしている絵が、横井孝二が4コマ漫画にて描いたダンバインの雰囲気に近い。チョロQダグラム設定画では腕と脚を少し長めにしているが、原画を担当したスタジオ・ライブの誰かが、可愛くアレンジしてしまった。
メモ ロボットの各パーツが密着していても、アニメーションの場合は原画担当者と動画担当者がぬいぐるみ的に曲げる方法で処理する為、問題にはならない。
メモ 1982年8月7日に放送された逆転イッパツマンの第26話にて、逆転王がデフォルメ体型になる場面がある。そして週刊少年ジャンプ1980年2月11日号No.5・6にて掲載されたドクタースランプのオ~ッス!の巻にて、デフォルメ体型の則巻千兵衛がリアル体型になり、再びデフォルメ体型になる場面がある。


バンダイのデフォルメロボット企画はロボチェンマンから始まった

1983年前期、バンダイ東京本社のホビー事業部とバンダイ静岡工場が参加した企画会議にて、機動戦士ガンダムのロボットをデフォルメにして商品にする企画が立ち上げられた。当時は冒険的な企画だったが、反対意見は会議内では無かった。この時に考案されたRX-78ガンダムは無難なデフォルメになっていて、商品化には進まなかった。
メモ ロボチェンマンの開発についての細かな状況は、1982年にバンダイ模型に入社して、現在は玩具企画会社のスタジオジンを経営する外岡仁に問い合わせて、情報を得た。

企画会議から数ヵ月後の1983年7月9日にアニメのチョロQダグラムが映画館にて公開されて、同年10月頃にプルバックゼンマイを内蔵したフィギュアがタカラから発売された。この時期に再度の企画会議にて、チョロQダグラムに対抗するデフォルメ商品をプラモデルで発売することが決定した。バンダイ静岡工場の技術部開発課にいた外岡仁は、日本サンライズのロボットをチョロQダグラムを参考にして極端にデフォルメにして、さらにプルバックゼンマイを内蔵したロボチェンマンを開発した。
メモ 上記2つの企画会議は、静岡工場にて行われた。営業担当のホビー事業部から約10名、静岡工場の開発担当から約5名が参加した。
メモ 外岡仁は、プラモデルになっているロボチェンマン、パロチェンマン、カワルドスーツ、完成品フィギュアになっているあそボットの全てのキャラクターをアイディアスケッチから三面図までを担当した。
メモ チョロQダグラムのフィギュアの発売日については、1983年11月20日に発行されたデュアルマガジン別冊3Dジャーナル創刊準備号にて発売済みになっていた為、10月頃に発売されたと判断した。フィギュアの写真は、1983年9月30日に発行されたデュアルマガジン第6号1983年AUTUMNにて掲載された。
メモ 1984年4月にタカトクトイスが超時空要塞マクロスのバルキリーをデフォルメにして、プルバックゼンマイを内蔵したパロメカを発売した。発売前の商品名はバルチョロになっていて、バンダイと同じくチョロQダグラムから着想を得ていることが考えられる。

bandai mokei jowhow 1984 11 02

1984年5月17日に開催された第23回静岡プラスチックモデル見本市にてロボチェンマンの見本が6種類展示された後、1984年7月にウォーカーギャリアとバイファム、同年8月にエルガイム、同年9月にガンダムフルアーマータイプとビルバイン、同年10月にザクIIが発売された。
メモ ビルバインは9月に発売されたが、ガンダムフルアーマータイプは10月に発売されたことも考えられる
メモ 1984年6月にホビー事業部の担当でハイコンプリートモデルのガンダムフルアーマータイプ、ザクII、バイファムが発売された。

bandai mokei jowhow 1984 11 02--

各キャラクターによりデフォルメのバランスは異なり、中でもガンダムフルアーマータイプはSDガンダムの第1号商品とも言える雰囲気になっている。
メモ ロボチェンマンのガンダムフルアーマータイプは、1983年内には試作品の走行テストを行っていた。

bandai robochanman walker gallia01

ロボチェンマンの組立説明書は、バンダイ静岡工場のデザイン課が制作した。模型情報を編集していた加藤智がいた部署だった関係で、その紙面にて、横井孝二が描いた絵が小さく掲載された。
メモ 横井孝二が描いた絵は、銀色のパッケージに同梱されている組立説明書にて掲載された。銀色のパッケージはウォーカーギャリア、バイファム、エルガイム、ビルバイン、ガンダムフルアーマータイプ、ザクII、トゥランファム、エルガイムマークIIの計8種。

ロボチェンマンのウォーカーギャリアとバイファムが発売された時期に、外岡仁は加藤智からの紹介で横井孝二が描いた絵を数点と、横井孝二からの意見が記されたメモを見ていた。しかしロボチェンマンのデフォルメのバランスは、チョロQダグラムを参考にしつつ外岡仁の感覚で決定された。

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ロボチェンマンのパッケージもバンダイ静岡工場のデザイン課が制作したが、絵を描いた人は分からない。

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パッケージの絵はキット本体に準じているが、ザクIIはバランスが整えられていて、チェンジロボは頭部を大胆に大きくしていてキット本体とは異なる。

kodansha comic bombom 1985 05 01

1985年4月15日に発売されたコミックボンボン1985年5月号から、1985年11月15日に発売された同誌1985年12月号まで、ときた洸一が描いたこちらロボ番地!が連載された。ロボチェンマンとパロチェンマンが登場する漫画になっている。

1984年7月発売
ロボチェンマンシリーズ1 ウォーカーギャリア
ロボチェンマンシリーズ2 バイファム

1984年8月発売
ロボチェンマンシリーズ3 エルガイム

1984年9月発売
ロボチェンマンシリーズ4 ビルバイン
ロボチェンマンシリーズ5 ガンダムフルアーマータイプ

1984年10月発売
ロボチェンマンシリーズ6 ザクII

1984年11月発売
ロボチェンマンシリーズ7 トゥランファム

1984年12月発売
ロボチェンマンシリーズ8 エルガイムマークII

1985年1月発売
パロチェンマン1 大魔神

1985年2月発売
ロボチェンマンシリーズ9 カミーグ
ロボチェンマンシリーズ10 カミーグガラット
ロボチェンマンシリーズ11 ジャンブー
ロボチェンマンシリーズ12 ジャンブーガラット

1985年3月発売
ロボチェンマンシリーズ13 パティーグ
ロボチェンマンシリーズ14 パティーグガラット

1985年4月発売
パロチェンマン2 ゴジラ
パロチェンマン3 キングギドラ

1985年5月発売
パロチェンマン4 ケンシロウ
パロチェンマン5 シン

1985年6月発売
ロボチェンマンシリーズ15 ガンダムマークII
パロチェンマン6 ガメラ
パロチェンマン7 ドラキュラ

1985年7月発売
ロボチェンマンシリーズ16 ハイザック
パロチェンマン8 フランケンシュタイン
パロチェンマン9 ウルトラマン

1985年8月発売
ロボチェンマンシリーズ17 チェンジロボ
カワルドスーツ1 ガンダムマークII
カワルドスーツ2 ハイザック

1985年9月発売
ロボチェンマンシリーズ18 リック・ディアス
カワルドスーツ3 リック・ディアス
カワルドスーツ4 百式

1985年10月発売
カワルドスーツ5 Zガンダム

1985年11月発売
ロボチェンマンシリーズ19 Zガンダム
ロボチェンマンシリーズ20 バルキリー

1986年4月発売
パロチェンマン10 ゲゲゲの鬼太郎

1986年6月発売
あそボット1 機動戦士Zガンダム ゼータガンダム
あそボット2 蒼き流星SPTレイズナー レイズナー
あそボット3 スーパーマリオブラザーズ スーパーマリオ
あそボット4 ホワッツマイケル マイケル

1986年8月発売
あそボット5 機動戦士ガンダムZZ ダブルゼータガンダム

1986年9月発売
あそボット6 ドラゴンボール 孫悟空
あそボット7 ハイスクール!奇面組 一堂零
あそボット8 スーパーマリオブラザーズ 大魔王クッパ


バンダイの特機事業部が横井孝二を起用

スーパーディフォルメガンダムワールドを企画して、デザイナーとして横井孝二を起用したのは、特機事業部にて企画開発をしていた佐々野雅哉だった。
メモ 佐々野雅哉は、1981年にバンダイに入社した。
メモ 佐々野雅哉がスーパーディフォルメガンダムワールドを企画した時に勤務していた部署は、特機事業部とした。佐々野雅哉自身は自販事業部にいたことを言及したが、バンダイが1983年に関連会社を合併した後は、特機事業部という部署名が商品や広告に記載されて、自販事業部という部署名は消えた。その後、スーパーディフォルメガンダムワールドMARK-5が発売された時に、自販デビジョンという部署名が記載された。部署名は度々変わったことが考えられる。
求む 上記の解釈で正しいかどうか、バンダイに関係した人からの情報を求む。メール投稿フォームは、PC画面の右側に。

hobby japan 2012 05 02

佐々野雅哉が横井孝二にデザインを発注した時に、うじ虫のごとく増殖する小さなガンダムというイメージを伝えた為、横井孝二が描いた絵の中にうぢ虫ぐわんだむの文字がある。
メモ うぢ虫ぐわんだむの絵は、ホビージャパン2012年5月号にて掲載された。SDガンダム デザインワークスにも掲載されたが、うぢ虫ぐわんだむの文字は消去している。さらにSDガンダム デザインワークスは各ロボットの配置がホビージャパンとは異なる為、原画では各ロボットごとに紙が分けてあることが考えられる。両誌の記事を編集した栗原昌宏に問い合わせたが、返答は得られなかった。
メモ 1983年7月9日に公開されたアニメのチョロQダグラムにて、デフォルメロボットがウジャウジャと出現する場面がある。
メモ 佐々野雅哉は、ドクタースランプの雰囲気を取り入れて子供でも楽しめる世界観にすることを考えていた。ドクタースランプの各話にて、キャラクターがウジャウジャといる絵がある。

bandai robochanman ms-06r zaku ii01

スーパーディフォルメガンダムワールドのジオン系ロボットのデフォルメのバランスは、ロボチェンマンのザクIIの組立説明書にて掲載された、横井孝二が描いたザクIIを土台にしている。スカートの部分を上下に少し縮めると、スーパーディフォルメガンダムワールドの雰囲気になる。

bandai mokei jowhow 1985 06 01

1985年6月1日に発行された模型情報1985年6月号にて、スーパーディフォルメガンダムワールドの見本が掲載された。
メモ 同ページにて、特機事業部が担当したディフォルメZガンダムPART1と、ホビー事業部が担当したロボチェンマンのガンダムマークIIも掲載された。
メモ 1985年5月の時点では、商品名はスーパーディフォルメではなく、超デフォルメだったことが考えられる。

hobby japan 1985 08 01

スーパーディフォルメガンダムワールドの最初の16体は、1985年8月に発売された。この時の横井孝二は、17歳の高校3年生だった。

横井孝二は、その後も様々なSDガンダムの企画に関わった。
メモ SDガンダムには多数の人が関わって、デフォルメのバランスが異なる様々な立体物が発売された。脚が長めなデフォルメもSDガンダム商品として発売されて、SDの定義は曖昧になった。


SDガンダムに関しての奇妙な話 PART 1

ホビージャパン2012年5月号にて横井孝二のことをSDガンダムの生みの親と記載していて、違和感がある。本件にて生みの親という言葉を使うと、極端なデフォルメの発案者、商品の開発責任者、商品名の発案者という意味まで含んでしまう。
メモ 生みの親という言葉は、物事を最初に始めた人、最初に作り出した人を意味する。
メモ 2004年7月9日に発行された機動戦士ガンダムヒストリカ第8巻にて、生みの親と記載している。
メモ 2018年8月1日にバンダイのウェブサイトにて掲載されたアパレル事業部担当の記事にて、産みの親と記載している。
メモ 2018年11月20日に発売された月刊ヤングマガジン2018年12月号表紙にて、生みの親と記載している。
  1. 1983年7月にアニメのチョロQダグラムが映画館にて公開された。
  2. 1983年10月頃にタカラからチョロQダグラムのフィギュアが発売された。
  3. 1984年5月に第23回静岡プラスチックモデル見本市が開催されて、バンダイのホビー事業部からロボチェンマンが6種類発表された。
  4. 1984年7月にロボチェンマンのウォーカーギャリアとバイファムが発売された。
  5. 1984年8月にロボチェンマンのエルガイムが発売された。
  6. 1984年9月にロボチェンマンのガンダムフルアーマータイプとビルバインが発売された。
  7. 1984年10月にロボチェンマンのザクIIが発売された。
  8. 1984年10月にバンダイの特機事業部からガシャポンの重戦機エルガイムが発売された。ミニサイズのプラモデルになっている。エルガイムのデフォルメのバランスは、ロボチェンマンのエルガイムに似ている。佐々野雅哉が企画した。
  9. 1985年5月に特機事業部からガシャポンの超時空要塞マクロスディフォルメヒーローシリーズが発売された。ミニサイズのプラモデルになっている。バイファムとビルバインのデフォルメのバランスは、ロボチェンマンのバイファムとビルバインに似ている。
  10. 1985年7月に特機事業部からガシャポンのディフォルメZガンダムPART1が発売された。ミニサイズのプラモデルになっている。ガンダムMk-IIとリック・ディアスのデフォルメのバランスは、ロボチェンマンのガンダムマークIIとリック・ディアスに似ている。
  11. 1985年8月に特機事業部からガシャポンのスーパーディフォルメガンダムワールドPART1が発売された。塩化ビニールの塊になっている。デフォルメのバランスは、頭が大きくて脚が短い、全体的に丸っこい感じになっている。横井孝二が全てのキャラクターをデザインして、この時に地球連邦系ロボットデフォルメ表現に苦戦した。
こうした経緯があった為、SDガンダムの生みの親として1人を指定してしまうと、手柄を独り占めしている印象を与えてしまう。
メモ SDガンダムは横井孝二がいたことで成立した企画とは考え難く、例えば佐々野雅哉がアニメのチョロQダグラム原画担当者をデザイナーとして起用して、ロボチェンマンのガンダムフルアーマータイプを土台にしてうまく導くことが出来れば、横井孝二と同じ雰囲気のデザインになっていたことが考えられる。

bandai robochanman gundam02

他にもホビージャパン2012年5月号の記事は、誤解がある。2頭身に縮めながらも精密さを持ついわゆるSDスタイルは、SDガンダムより発生と記載しているが、1984年9月にはロボチェンマンのガンダムフルアーマータイプが発売されていて、パッケージにて掲載された絵はSDスタイルになっている。
メモ 文の末尾には、というかSD以前にSDという言葉は無かったしという口語調の補足を記載しているが、トリッキーで紛らわしいと判断してスルーした。
メモ ホビージャパン2012年5月号にて掲載された問題の文は、栗原昌宏が執筆した。後にツイッターにて、栗原昌宏ロボチェンマンには詳しくないことが判明した。
メモ 横井孝二も、スーパーディフォルメガンダムワールドの原型とも言えるロボチェンマンのザクIIの絵や、ガンダムフルアーマータイプがあったことについては言及していない為、スーパーディフォルメガンダムワールドを起点にしようとしている印象を与えている。当時の状況を忘れてしまったのだろうか。
メモ スーパーディフォルメガンダムワールドやその後のSDガンダムは、2頭身キャラクターとして扱われることが多い。しかし実際は、2頭身ではないキャラクターのほうが多い。

kodansha comic bombom 1985 05 02

脚が無い丸っこいスタイルについても、スーパーディフォルメガンダムワールドよりも前に発表された作品がある。1985年4月15日に発売されたコミックボンボン1985年5月号にて、ザクIIが登場するこちらロボ番地!が掲載された。作者のときた洸一が描いたザクIIは、脚がほとんど無くスカートも縮めていて、横井孝二が描いたスーパーディフォルメガンダムワールドとほぼ同じデフォルメのバランスになっている。こちらロボ番地!はロボチェンマンとパロチェンマンを活躍させることを目的にして連載を開始した漫画だったが、ときた洸一はデフォルメのバランスを変えて描いていた。
メモ ときた洸一が描いたザクIIは、ロボチェンマンのザクIIの組立説明書にて掲載された、横井孝二が描いたザクIIから着想を得ていることが考えられる。
メモ ときた洸一は、模型情報1985年2月号にて掲載された絵では、ザクを3頭身前後で描いていた

他にもホビージャパン2012年5月号の記事は、誤解がある。横井孝二がデビュー前にプライベートで描いた絵として、ロボチェンマンの絵を掲載している。

ホビージャパン2012年5月号のSDガンダムの誕生について記載しているページは、参考に出来る部分と出来ない部分に注意して読む必要がある。


SDガンダムに関しての奇妙な話 PART 2

1995年6月9日に発行されたガンダム神話にてSDガンダムの誕生について記載しているが、状況の説明が足りない為に誤解を与える内容になっている。

diamond the legend of mobile suit gundam01

ところで、佐々野雅哉の上司がガンダムに対する冒涜だと発言した件と、うぢ虫ぐわんだむの文字が原因で創通エージェンシーの担当者がキャラクターをバカにしていると怒った件は、話を面白くする為にコミカルに誇張した雰囲気を感じる。
メモ 佐々野雅哉に問い合わせたが、返答は得られなかった。佐々野雅哉の元上司に、実際はどうだったのか問い合わせる必要がある。
メモ 重戦機エルガイム第2弾、超時空要塞マクロス、ディフォルメヒーローシリーズディフォルメZガンダムPART1のガシャポン機用ディスプレイパネルにて掲載された絵は、横井孝二が描いた。

他にもガンダム神話は、誤解がある。横井孝二は機動戦士ガンダムのロボットを2頭身で描いて模型情報に投稿したことを記載しているが、横井孝二はそのような絵は投稿していない。この誤報は、俺たちのガンダム・ビジネスやウィキペディアのSDガンダムのページに拡散した。

bandai mokei jowhow 1983 01 01

1982年12月25日に発行された模型情報1983年1月号にて、アッグガイを2頭身にした絵が掲載された。投稿したのは、横井孝二ではない。
メモ アッグガイは、元からデフォルメ的なデザインになっている。

ガンダム神話のSDガンダムの誕生について記載しているページは、参考に出来る部分と出来ない部分に注意して読む必要がある。
メモ ガンダム神話は、猪俣謙次が執筆した。


SDガンダムに関しての奇妙な話 PART 3

1994年7月に発行された超音速のMS少女にて、横井孝二がロボチェンマンのデザインに関わっていたことを言及しているが、誤解がある。プラモデルのパッケージや組立説明書を制作していたバンダイ静岡工場のデザイン課が、ロボチェンマンの組立説明書にて掲載する挿絵の為に横井孝二を起用した。横井孝二は、ロボチェンマン本体の企画には関わっていない。
メモ 超音速のMS少女にて掲載された問題の文は、村雨ケンジ=伊藤隆介が執筆した。
メモ 1984年11月26日に発売されたコミックボックスジュニア1985年1月号にて、横井孝二が描いた東宝特撮キャラクターが掲載された。つまり、ロボチェンマンの発売後に記事が掲載されたことになる。


SDガンダムに関しての奇妙な話 PART 4

ガンダムに関連した立体物を展示したガンダムワールドが、日本の各地で開催された。その会場内にはSDガンダムの歴史について記載しているパネルがあって、誤解が多々あった。
メモ 2012年12月1日~2013年1月31日にダイバーシティ東京プラザ7Fのガンダムフロント東京にて開催されたGUNPLA展でも、ほぼ同じパネルが使われていた。
メモ SDガンダムが展示されないガンダムワールドもあった。

SDガンダム誕生!
高校生が模型誌に投稿したイラストから始まった・・・

『機動戦士ガンダム』劇場三部作の公開終了後もガンプラブームは衰えることなく、バンダイは『模型情報』という月刊誌を発行して、ガンプラの最新商品情報や模型製作例などを紹介していた。
その読者投稿イラストコーナーに、風変わりなモビルスーツのイラストが掲載される。愛知県在住の高校生・鳥山劣君(ペンネーム)が描いたそのイラストは、三頭身にデフォルメされたガンダムだった。彼のイラストに注目した編集部は、1984年3月号から『MJ劇場』のタイトルで『模型情報』に4コマ漫画の執筆を依頼。この『MJ劇場』が現在まで続くSDガンダムの原型となった。
ペンネーム・鳥山劣君は、現在では"横井画伯"と呼ばれる横井孝二氏。SDガンダムの生みの親としてファンから神格化されている存在である。もう一つのガンダムワールドである『SDガンダム』の歴史は、アニメではなく、高校生が描いた独創的なイラストから始まったのだ。

明らかに、問題図書のガンダム神話を参考にしている。2頭身を3頭身に改定しているが、3頭身前後のモビルスーツの絵が掲載されたのは加藤智に起用された後の4コマ漫画からで、それ以前は3頭身のモビルスーツは掲載されていない。そして横井孝二を祭り上げている箇所は、使われている語句からホビージャパン2012年5月号を参考にしていることが考えられる。
メモ ガンダムワールドは、各企業が興行権を買って開催するシステムになっていて、主催は各イベントごとに異なる。しかし企画制作はバンダイと記載している為、パネルの文を執筆したのは誰だったのかバンダイに問い合わせたが、分からないとの返答を得た。
メモ 横井画伯という名称は、大衆から広まったのではない

2018年4月28日~5月6日に開催されたガンダムワールド2018in高岡にて、パネルが改定された。

SDガンダム誕生!
『機動戦士ガンダム』劇場三部作の公開終了後も、ガンプラブームは衰えることなく、バンダイは『模型情報』という月刊誌で、ガンプラの最新商品の情報や模型の製作例などを精力的に紹介していた。
その『模型情報』の読者投稿イラストコーナーの常連に、愛知県在住の学生・鳥山劣君(ペンネーム)がいた。彼が描くガンダムシリーズのモビルスーツの独創的なイラストに、編集部は注目。1984年3月号から、「MJ劇場」のタイトルで4コマ漫画の執筆を依頼する。この「MJ劇場」が1985年に発売されるガシャポン(カプセル入り玩具)の「スーパーディフォルメガンダムワールド」シリーズ誕生のきっかけとなり、SDガンダムの歴史が始まる
ペンネーム・鳥山劣君は、現在では"横井画伯"と呼ばれるイラストレーターの横井孝二氏。SDガンダムの生みの親として、ファンの中には神格化する人も多い。もう一つのガンダムワールドであるSDガンダムの歴史は、アニメからではなく、学生が描いた独創的なイラストをきっかけに始まったのだ。

ところが横井孝二を祭り上げている箇所は、ほとんど修正していない。SDガンダムのスタイルはスーパーディフォルメガンダムワールドの企画時に発案されたのではなく、地球連邦系ロボットはロボチェンマンのガンダムフルアーマータイプを土台にしていて、ジオン系ロボットはロボチェンマンの組立説明書にて掲載された横井孝二が描いたザクIIを土台にしている。SDガンダムの歴史について言及するならば、ロボチェンマンを起点にしなければならない。つまり、横井孝二がインタビュー記事等で言及してきたことの一部を除外することになる。
メモ 模型情報1984年3月号にて掲載された、横井孝二が4コマ漫画にて描いたRX-78ガンダムのほうがロボチェンマンのガンダムフルアーマータイプよりも2ヶ月半発表が早いが、この時点の横井孝二はデフォルメしながらもディテールはしっかりと描くことを考えていて、RX-78ガンダムはSDガンダムのスタイルにはなっていない。SDガンダムのスタイルは、ロボチェンマンのガンダムフルアーマータイプが先行していた。
メモ ロボチェンマンのガンダムフルアーマータイプは、1983年内には試作品の走行テストを行っていた。バンダイ静岡工場にいた外岡仁に問い合わせて、情報を得た。


SDガンダムに関しての奇妙な話 PART 5

スーパーディフォルメガンダムワールドPART11985年8月に発売されたが、俺たちのガンダム・ビジネスや各ウェブサイトでは、何故か1985年6月に発売されたことになっている。誤解の原因は、ウィキペディアのSDガンダムのページが考えられる。2004年2月9日にウィキペディアを更新した人は、模型情報1985年6月号にてスーパーディフォルメガンダムワールドの見本が掲載されたことを誤解して、ウィキペディアにて6月に発売と記載してしまったことが考えられる。さらに2015年6月にツイッターにて、横井孝二が誤報を拡散してしまった。
メモ 1985年7月15日に発売されたコミックボンボン1985年8月号は、ディフォルメZガンダムPART1のことは記載していて、スーパーディフォルメガンダムワールドPART1のことは記載していない。
メモ 模型情報1985年7月号と8月号は、スーパーディフォルメガンダムワールドPART1のことは記載していない。9月号にて、ホビージャパン1985年8月号と同じタイプの広告が掲載された。
メモ バンダイに問い合わせて、スーパーディフォルメガンダムワールドPART1の出荷日について記載している資料は無いとの情報を得た。

GUNPLA展では、1987年に発売という誤表示もあった。年代については、ミスが発生しやすい。


SDガンダムに関しての奇妙な話 PART 6

コミックボンボンにて爆笑戦士!SDガンダムを連載した佐藤元が、自身が描いた作品がSDガンダムの起源になっていることを言及したが、誤解がある。

1983年12月20日に発行されたデュアルマガジン第7号1984年WINTERから、1984年9月20日に発行された同誌第10号1984年AUTUMNまで、佐藤元が描いたQロボゴーグちゃんが連載された。アニメの巨神ゴーグは、放送開始が1983年10月から1984年4月に変更になった経緯があったが、Qロボゴーグちゃんは巨神ゴーグの放送前に発表された。
メモ アニメの巨神ゴーグは、放送前に試写会が行われた。

佐藤元のツイッターにて、SDの起源としてQロボゴーグがあるはず、さらに、QロボゴーグはSDガンダムの元、との言及がされたが、バンダイのデフォルメロボット企画はチョロQダグラムがあったことで始動していた。
メモ 前述のロボチェンマンの項目と、SDガンダムに関しての奇妙な話PART1の項目を参照。
  1. 1983年7月にアニメのチョロQダグラムが映画館にて公開された。
  2. 1983年10月頃、タカラからチョロQダグラムのフィギュアが発売された。
  3. 1983年12月にデュアルマガジン第7号1984年WINTERが発売されて、漫画のQロボゴーグちゃんが連載を開始した。Qロボゴーグは、脚が長い特徴がある。
  4. 1984年1月にデュアルマガジン別冊3Dジャーナル創刊号が発売されて、漫画のドリスちゃんのカルチャークラブが連載を開始した。第1回目には、Qロボゴーグが描かれている。
  5. 1984年4月コミックボンボン1984年5月号が発売されて、漫画のロボロボカンパニーが連載を開始した。第1話には、Qロボゴーグとザクが描かれている。
  6. 1984年5月に第23回静岡プラスチックモデル見本市が開催された。タカラからQロボゴーグが発表されて、バンダイからロボチェンマンが発表された。ロボチェンマンのガンダムフルアーマータイプは、SDガンダムの第1号商品とも言える雰囲気になっている。
  7. 1984年6月にタカラからQロボゴーグの完成品フィギュアが1種類、プラモデルが1種類発売された。
  8. 1984年7月にタカラからQロボゴーグのプラモデルが3種類発売された。
  9. 1984年7月にバンダイからロボチェンマンのウォーカーギャリアとバイファムが発売された。
  10. 1984年9月にバンダイからロボチェンマンのガンダムフルアーマータイプが発売された。
  11. 1985年8月にバンダイからガシャポンのスーパーディフォルメガンダムワールドPART1が発売された。丸っこさを表現する為に頭は大きく、脚はほとんど無いか全く無い。
ところで佐藤元のツイッターにて、チョロQダグラムを起点に考える人が多すぎて困る、企画はQロボが先との言及がされたが、もしQロボゴーグがチョロQダグラムよりもちょっと前に企画されていても、公開していない期間は他社や大衆には影響を与えていない。さらにスーパーディフォルメガンダムワールドを企画した佐々野雅哉が後のSDガンダム商品の企画時に意識した作品は、タカラがスポンサーになっていた魔神英雄伝ワタルだった。Qロボゴーグが、後のSDガンダム商品に影響を与えた様子は見られない。
メモ 佐々野雅哉はガシャポン担当事業部から玩具第1事業部へ異動となり、タカラから発売された魔神英雄伝ワタルのプラクションに対抗する為、同じように組み立て式玩具になっている元祖SDガンダムを企画して、商品は1988年12月に発売された。
メモ Qロボは、チョロQロボとは関連は無い。さらに1984年にはデフォルメ戦闘機がロボットに変形するチョロボという商品も発売されていて、紛らわしい。
メモ チョロQロボの企画は、佐藤元は関わっていない。部署が異なった為に佐藤元にはチョロQロボの情報は入らなかったが、企画のスタート時期だけは分かっていたらしい。
メモ Qロボゴーグの商品パッケージに掲載された絵は、佐藤元が描いた
メモ 巨神ゴーグの放送開始に合わせて、テレビマガジン1984年5月号にて、 とや邦行ほしの竜一が描いた漫画、ポケポケQロボが連載を開始した。ロボットの表情は、成井紀郎または真樹村正から着想を得ていることが考えられる。
メモ デュアルマガジンは、第12号で廃刊になった。

kodansha comic bombom 1984 05 01

1984年4月14日に発売されたコミックボンボン1984年5月号から、1986年1月15日に発売された同誌1986年2月号まで、佐藤元が描いたロボロボカンパニーが連載された。佐藤元のウェブサイトにて、コミックボンボン25周年記念番組にて、この漫画がガンダムを一番最初にデフォルメしたと認めていると記載しているが、デフォルメのザクは週刊少年ジャンプ1981年8月31日号No.38にて掲載されたドクタースランプのほうが発表が早く、RX-78ガンダムはテレビマガジン1979年6月号にて掲載された成井紀郎が描いた挿絵のほうが発表が早い。さらにモビルスーツが人間のように喋る表現は、コミックボンボン1983年9月号にて掲載された最新電子ゲーム必勝スクールのほうが発表が早い。
メモ 1979年または1980年にクローバーから発売された機動戦士ガンダム5セットに付いているイメージカードにて、デフォルメのガンダムの絵が掲載された。
メモ 1982年4月8日に発行された機動戦士ガンダムプラモ改造法にて、デフォルメのガンダムの絵ザクの絵が掲載された。ザクは、鳥山明が描いたザクに似ている。
メモ 1982年9月25日に発行された模型情報1982年10月号にて、デフォルメのガンダムの絵が掲載された。描いた人は分からないが、同誌にてテクニカル・マニュアルを連載していたS.MABUCHIの絵に似ている。
メモ 機動戦士ガンダムII哀戦士編のパンフレットにて掲載されたアッガイの絵は、設定画と比較するとデフォルメはほとんどしていない。


補足資料

横井孝二がSD以前に描いたデフォルメロボット ! ロボチェンマンの組立説明書

横井孝二がSD以前に描いたデフォルメロボット ! √O-BOX鳥山劣個人集

にせガンダム ? チョロQダグラムに登場する変なガンダム

成井紀郎が描いたモビルスーツ ! 1979年のテレビマガジン

鳥山明が描いたモビルスーツ ! 1981年の少年ジャンプ

とや邦行が描いたモビルスーツ ! 1983年のコミックボンボン

横井画伯という名称 ! 遊び心ある演出

実際の発売日 ? ロボチェンマン&パロチェンマン&カワルドスーツ

SDガンダムBB戦士 ! 初期の6体はSDガンダムという商品名ではなかった