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5月5日「SDガンダムに関しての奇怪な話 2」に追加情報


ガシャポンからスタートしたSDガンダム

アニメのガンダムシリーズに登場するロボットを可愛くデフォルメにしたSDガンダムは、30年以上続いているバンダイの人気ブランドになっている。

SDガンダムの最初の商品、スーパーディフォルメガンダムワールドが企画された時にデザイナーとして起用された横井孝二は、その時はまだ高校生だった。


インターネットが無かった時代の出来事

模型情報の読者参加ページにて、横井孝二が投稿した絵が度々掲載された。

bandai mokei jowhow 1981 11 01

1981年10月25日に発行された模型情報1981年11月号にて、機動戦士ガンダムのグフの絵が掲載された。この時は13歳の中学2年生だった。ペンネームは鳥山劣にしていて、尊敬する漫画家の鳥山明の姓と、鳥山明よりも劣る存在として、名を劣にしていた。
メモ 横井孝二の誕生日は、1968年3月12日。ペンネームの鳥山劣は、とりやまおとると読む。

bandai mokei jowhow 1982 03 01

1982年2月25日に発行された模型情報1982年3月号にて、鉄人28号の絵が掲載された。この時は13歳の中学2年生だった。

bandai mokei jowhow 1982 04 01

1982年3月25日に発行された模型情報1982年4月号にて、機動戦士ガンダムのズゴックの絵が掲載された。この時は14歳の中学2年生だった。
メモ 横井孝二の誕生日は、1968年3月12日。4月から中学3年に進級。

bandai mokei jowhow 1982 05 01

1982年4月25日に発行された模型情報1982年5月号にて、機動戦士ガンダムのMS-06RザクIIの絵が掲載された。この時は14歳の中学3年生だった。

bandai mokei jowhow 1982 07 01

1982年6月25日に発行された模型情報1982年7月号にて、ドクタースランプのリブギコとキャラメルマン1号の絵が掲載された。この時は14歳の中学3年生だった。

bandai mokei jowhow 1983 01 02

1982年12月25日に発行された模型情報1983年1月号にて、ザブングルの旧式ホバギーとレッグをデフォルメにした絵が掲載された。この時は14歳の中学3年生だった。鳥山明の世界に馴染みそうな雰囲気にしている。

bandai mokei jowhow 1983 02 02

1983年1月25日に発行された模型情報1983年2月号にて、ダンバインをデフォルメにした絵が掲載された。この時は14歳の中学3年生だった。

bandai mokei jowhow 1983 06 01

1983年5月25日に発行された模型情報1983年6月号にて、幻魔大戦のベガをデフォルメにした絵が掲載された。この時は15歳の高校1年生だった。

bandai mokei jowhow 1983 07 02

1983年6月25日に発行された模型情報1983年7月号にて、ザブングルのギャロップの上にザクの頭を描いた絵が掲載された。この時は15歳の高校1年生だった。

bandai mokei jowhow 1983 12 01

1983年12月1日に発行された模型情報1983年12月号にて、メカニコングをデフォルメにした絵が掲載された。この時は15歳の高校1年生だった。

hobby japan 1983 01 01

横井孝二は、模型専門誌のホビージャパンにも絵を投稿していた。1982年12月25日に発売されたホビージャパン1983年1月号にて、映画のキャラクターをデフォルメにした絵が掲載された。この時は14歳の中学3年生だった。
メモ 掲載住所は現在は会社が建っている為、加工せずに当ページに掲載した。

takara 3d journal no.3 01

横井孝二は、玩具メーカーのタカラにもさりげなく自己PRしていた。1984年2月20日に発行されたデュアルマガジン別冊3Dジャーナル創刊2号にて、チョロQボトムズのプレゼントが行われた。横井孝二は葉書に絵を描いて応募した為、1984年4月20日に発行された同誌第3号にて応募時の葉書が掲載された。応募時は15歳の高校1年生、掲載時は16歳の高校2年生だった。
メモ 掲載住所は現在は会社が建っている為、加工せずに当ページに掲載した。
メモ チョロQボトムズは、1984年3月に発売された。そしてチョロQゴーグは、1984年6月に発売された。
メモ 1984年1月20日に発行された3Dジャーナル創刊号にて、スコープドッグをデフォルメにした絵が2点掲載された。しいばみつおと小出拓が描いた。
メモ タカラから発行された3Dジャーナルは、バンダイから発行された模型情報から着想を得ていることが考えられる。
メモ 3Dジャーナルにて記載している発行日は、発売日を意味している。


バンダイ静岡工場デザイン課にて制作された模型情報

静岡県にあったバンダイ模型は、バンダイの子会社として1971年5月に設立された。
メモ 1969年に倒産した今井科学の清水工場と設備をバンダイが買い取り、グループ会社にした。

模型情報は、プラモデルのパッケージや組立説明書を制作していたバンダイ模型のデザイン課が発行していた月刊情報誌で、同課にいた加藤智が編集していた。サイズや雰囲気は田宮模型のタミヤニュースから着想を得ていて、さらに右開き、縦書き、軽い文体は平凡出版の雑誌POPEYEから着想を得ていた。模型情報というネーミングをしたのも、加藤智だった。
メモ 加藤智は、1975年にバンダイ模型に入社した。

bandai mokei jowhow 1983 04 01

1983年3月1日にバンダイ東京本社はバンダイ模型、バンダイ工業、バンダイ出版、バンダイオーバーシーズ、ポピー、マミート、セレンテを合併して、バンダイ模型はバンダイ静岡工場という部署名になった。そして営業を担当していたバンダイ東京本社の模型部は、ホビー事業部という部署名になった。
メモ 1983年3月に、ホビー事業部、ポピー事業部、特機事業部、マミート事業部、セレンテ事業部、レミー事業部、エレクトロニクス事業部が組織された。8月にアパレル事業部が追加されて、さらに新会社AE企画が設立された。

bandai mokei jowhow 1983 04 02

模型情報の裏表紙にて記載している発行日は発売予定日を意味していて、発行日に発売されたこともあれば数日違いで発売されたこともあった。

模型情報の誌面にて編集部という呼称を記載しているが、1985年に安蒜利明が入社して模型情報に配属されるまでは、加藤智が1人で編集していた。模型情報の発行部数が多くなると、雑務担当として女性社員が1人配属された。そして安蒜利明が配属された時には女性社員は2名いて、編集部はパーテーションで仕切られた空間になっていた。
メモ 最初に配属された女性社員の青山弥生は、模型情報1984年12月号と1986年12月号にて写真が掲載された。その後に追加された女性社員の件は、バンダイ静岡工場にいた外岡仁に問い合わせて情報を得た。
メモ 加藤智が1人で模型情報を編集していた件は、モデラーだった秋山徹郎と、漫画家の北崎拓に問い合わせて情報を得た。


横井孝二の絵に変化あり ! 模型情報が横井孝二を起用

横井孝二は、杉原昌子と同時期に、模型情報に起用された。きっかけは、横井孝二が高校の友人と制作した同人誌を模型情報に投稿したことだった。

鳥山劣個人集改訂版第一刷05-

同人誌にて掲載された漫画に興味を持った加藤智は横井孝二に電話して、模型情報にて4コマ漫画を連載することになった。
メモ ボトムズの漫画は、模型情報には掲載されなかった。横井孝二が出版した同人誌√O-BOX鳥山劣個人集にて再掲載された。

bandai mokei jowhow 1984 03 03

1984年3月1日に発行された模型情報1984年3月号にて、4コマ漫画の第1回目が掲載された。この時は15歳の高校1年生だった。

4コマ漫画にて描かれているダンバインは、関節の可動を気にせずに極端に縮めて、横幅がありぽっちゃりしている。

bandai mokei jowhow 1984 03 04

模型情報1983年2月号と1984年3月号の間には、1983年7月9日に公開されたアニメのチョロQダグラムがある。この点から横井孝二はアニメのチョロQダグラムから着想を得て、デフォルメのバランスを変えたことが考えられる。
メモ 横井孝二に関連した記事は、どれも鳥山明の作品から影響があったことを記載している。しかし情報を遮断している場合を除いて、創作者は様々な創作者の作品から影響を受け続ける。横井孝二はチョロQボトムズのプレゼントに応募していて、情報は遮断していなかった。
メモ 横井孝二はアニメのチョロQダグラムの公開以降に、頭が大きめで胴体と脚が極端に短いデフォルメのロボットの絵を多く発表した。
メモ 横井孝二は、鳥山明が1981年に描いた、脚が短い丸っこいスゴックから影響を受けた様子は見られなかった。そして鳥山明は関節の可動を気にしていたのか、箱型ロボット系は極端なデフォルメにはしていなかった
メモ 横井孝二はまだ高校生で、創作活動の経験年数は少なかった。
メモ 横井孝二に問い合わせたが、返答は得られなかった。

choro q dougram01

チョロQダグラムは、場面ごとにデフォルメのバランスが異なる。その中で、関節の可動を気にせずに極端に縮めて、横幅がありぽっちゃりしている絵が、横井孝二が4コマ漫画にて描いたダンバインの雰囲気に近い。スタジオ・ライブの松下浩美は、チョロQダグラムのメカ設定画にてダグラムの腕と脚を少し長めにして描いたが、原画を担当したスタジオ・ライブの誰かが、可愛くアレンジして描いてしまった。

ドキュメント太陽の牙ダグラムパンフレット01

ドキュメント太陽の牙ダグラムパンフレットにて掲載された、チョロQダグラムに登場するラウンドフェイサーの設定画も、頭が大きく脚が短いデフォルメにしていて、横井孝二が4コマ漫画にて描いたダンバインの雰囲気に近い。
メモ ロボットの各パーツが密着していても、アニメーションの場合は原画担当者と動画担当者がぬいぐるみ的に曲げる方法で処理する為、問題にはならない。
メモ ゼネラルプロダクツの包装紙にて掲載されたデフォルメのロボットの絵は、チョロQダグラムから着想を得ていることが考えられる。住所が桃谷1-5-22になっている為、1983年末から1984年末の間に製造されたことが考えられる。
メモ 1985年にバンダイのホビー事業部から発売されたひょうきんもびるすーつのパッケージの裏面にて、デフォルメのガンダムMk-IIの絵が掲載された。デフォルメのバランスは、チョロQダグラムから着想を得ていることが考えられる。
メモ 現代の様々な創作物の表現は、過去の創作物の積み重ねで成り立っている


バンダイ静岡工場の技術部開発課にて企画開発されたロボチェンマン

1983年前期、バンダイ東京本社のホビー事業部とバンダイ静岡工場が参加した企画会議にて、機動戦士ガンダムに登場するロボットをデフォルメにして商品にする企画が立ち上げられた。社内ではデフォルメに対しての否定的な意見は無かったが、前例が無い案だった為に試作段階で中止になった。この時の試作品はロボットの頭を大きくした、無難なデフォルメだった。
メモ ロボチェンマンの開発についての細かな状況は、1982年にバンダイ模型に入社して、現在は玩具企画会社のスタジオジンを経営する外岡仁に問い合わせて、情報を得た。
メモ バンダイ静岡工場にいた岸山博文は、1/144の胴体に1/60の頭を付けたザクの試作を見たことがあった。

企画会議から数ヵ月後の1983年7月9日にアニメのチョロQダグラムが映画館にて公開されて、同年10月頃にプルバックゼンマイを内蔵したフィギュアがタカラから発売された。この時期に再度の企画会議にて、チョロQダグラムに対抗するデフォルメ商品をプラモデルで発売することが決定した。バンダイ静岡工場の技術部開発課にいた外岡仁は、日本サンライズのロボットをチョロQダグラムを参考にして極端にデフォルメにして、さらにプルバックゼンマイを内蔵したロボチェンマンを開発した。
メモ 上記2つの企画会議は、静岡工場にて行われた。ホビー事業部の営業課から約10名、静岡工場の開発課から約5名が参加した。
メモ 外岡仁は、プラモデルになっているロボチェンマン、パロチェンマン、カワルドスーツ、完成品フィギュアになっているあそボットの全てのキャラクターをアイディアスケッチから三面図までを担当した。
メモ この時期の外岡仁の上司は松本悟で、外岡仁が描いたアイディアスケッチをチェックしていた。松本悟は1970年にバンダイに入社して、1971年にバンダイ模型に配属された。
メモ ブリキのアトミックロボットマン、プラモデルのファイアーマンやじょうだんロボットのジョギングマン、ドクタースランプのキャラメルマン1号等のように、ロボットの名称に男性を意味するMANがネーミングされることがある。
メモ チョロQダグラムのフィギュアの発売日については、1983年11月20日に発行されたデュアルマガジン別冊3Dジャーナル創刊準備号にて発売済みになっていた為、10月頃に発売されたと判断した。フィギュアの写真は、1983年9月30日に発行されたデュアルマガジン第6号1983年AUTUMNにて掲載された。
メモ 1984年4月にタカトクトイスが超時空要塞マクロスのバルキリーをデフォルメにして、プルバックゼンマイを内蔵したパロメカを発売した。発売前の商品名はバルチョロにしていて、バンダイと同じくチョロQダグラムから着想を得ていることが考えられる。

bandai mokei jowhow 1984 11 02

1984年5月17日に開催された第23回静岡プラスチックモデル見本市にてロボチェンマンの見本が6種類展示された後、1984年7月にウォーカーギャリアとバイファム、同年8月にエルガイム、同年9月にガンダムフルアーマータイプとビルバイン、同年10月にMS-06RザクIIが発売された。
メモ ビルバインは9月に発売されたが、ガンダムフルアーマータイプは10月に発売されたことも考えられる
メモ 各小売店に配布されたロボチェンマンのプライスカードは、バンダイが制作したことが考えられる。
メモ 1984年6月にホビー事業部の担当でハイコンプリートモデルのガンダムフルアーマータイプ、MS-06RザクII、バイファムが発売された。

bandai mokei jowhow 1984 11 02--

各キャラクターによりデフォルメのバランスは異なり、中でもガンダムフルアーマータイプはSDガンダムの第1号商品とも言える雰囲気になっている。
メモ ガンダムフルアーマータイプの脚を短くすれば、スーパーディフォルメガンダムワールドに近い雰囲気になる。
メモ ロボチェンマンのガンダムフルアーマータイプは、1983年内には試作品の走行テストを行っていた。

bandai robochanman silver box01

ロボチェンマンのパッケージの絵を描いた人は分からない。各ロボットの絵はキット本体を参考にして、バランスを整えている。

bandai robochanman gundam02

ガンダムフルアーマータイプのパッケージは、SDガンダムの第1号商品とも言える雰囲気になっている。
メモ ガンダムは2頭身にして、白銀比よりも縮めている。

bandai robochanman zaku ii02

MS-06RザクIIは、頭と胴体の幅をキット本体よりも狭めている。チェンジロボは、頭を大胆に大きくしていてキット本体とは異なる。

bandai robochanman walker gallia01

ロボチェンマンの組立説明書は、バンダイ静岡工場のデザイン課が制作した。模型情報を編集していた加藤智がいた部署だった関係で、その紙面にて、横井孝二が描いた絵が小さく掲載された。
メモ 横井孝二が描いた絵は、銀色のパッケージに同梱されている組立説明書にて掲載された。銀色のパッケージはウォーカーギャリア、バイファム、エルガイム、ビルバイン、ガンダムフルアーマータイプ、MS-06RザクII、トゥランファム、エルガイムマークIIの計8種。

ロボチェンマンのウォーカーギャリアとバイファムが発売された時期に、外岡仁は加藤智からの紹介で横井孝二が描いた絵を数点と、横井孝二からの意見が記されたメモを見ていた。しかしロボチェンマンのデフォルメのバランスは、チョロQダグラムを参考にしつつ外岡仁の感覚で決定された。

kodansha comic bombom 1985 05 01

1985年4月15日に発売されたコミックボンボン1985年5月号から、1985年11月15日に発売された同誌1985年12月号まで、ときた洸一が描いたこちらロボ番地!が連載された。ロボチェンマンとパロチェンマンが登場する漫画になっている。

1984年7月発売
ロボチェンマンシリーズ1 ウォーカーギャリア
ロボチェンマンシリーズ2 バイファム

1984年8月発売
ロボチェンマンシリーズ3 エルガイム

1984年9月発売
ロボチェンマンシリーズ4 ビルバイン
ロボチェンマンシリーズ5 ガンダムフルアーマータイプ

1984年10月発売
ロボチェンマンシリーズ6 MS-06RザクII

1984年11月発売
ロボチェンマンシリーズ7 トゥランファム

1984年12月発売
ロボチェンマンシリーズ8 エルガイムマークII

1985年1月発売
パロチェンマン1 大魔神

1985年2月発売
ロボチェンマンシリーズ9 カミーグ
ロボチェンマンシリーズ10 カミーグガラット
ロボチェンマンシリーズ11 ジャンブー
ロボチェンマンシリーズ12 ジャンブーガラット

1985年3月発売
ロボチェンマンシリーズ13 パティーグ
ロボチェンマンシリーズ14 パティーグガラット

1985年4月発売
パロチェンマン2 ゴジラ
パロチェンマン3 キングギドラ

1985年5月発売
パロチェンマン4 ケンシロウ
パロチェンマン5 シン

1985年6月発売
ロボチェンマンシリーズ15 ガンダムマークII
パロチェンマン6 ガメラ
パロチェンマン7 ドラキュラ

1985年7月発売
ロボチェンマンシリーズ16 ハイザック
パロチェンマン8 フランケンシュタイン
パロチェンマン9 ウルトラマン

1985年8月発売
ロボチェンマンシリーズ17 チェンジロボ
カワルドスーツ1 ガンダムマークII
カワルドスーツ2 ハイザック

1985年9月発売
ロボチェンマンシリーズ18 リック・ディアス
カワルドスーツ3 リック・ディアス
カワルドスーツ4 百式

1985年10月発売
カワルドスーツ5 Zガンダム

1985年11月発売
ロボチェンマンシリーズ19 Zガンダム
ロボチェンマンシリーズ20 バルキリー

1986年4月発売
パロチェンマン10 ゲゲゲの鬼太郎

1986年6月発売
あそボット1 機動戦士Zガンダム ゼータガンダム
あそボット2 蒼き流星SPTレイズナー レイズナー
あそボット3 スーパーマリオブラザーズ スーパーマリオ
あそボット4 ホワッツマイケル マイケル

1986年8月発売
あそボット5 機動戦士ガンダムZZ ダブルゼータガンダム

1986年9月発売
あそボット6 ドラゴンボール 孫悟空
あそボット7 ハイスクール!奇面組 一堂零
あそボット8 スーパーマリオブラザーズ 大魔王クッパ


バンダイの特機事業部自販課が横井孝二を起用

スーパーディフォルメガンダムワールドを企画して、デザイナーとして横井孝二を起用したのは、特機事業部の自販課にてガシャポン商品を企画開発していた佐々野雅哉だった。
メモ スーパーディフォルメガンダムワールドの開発についての細かな状況は、1981年にバンダイに入社して、現在は玩具企画会社のささのやドットコムを経営する佐々野雅哉に問い合わせて、情報を得た。

1984年10月発売
重戦機エルガイム

1984年11月頃発売
重戦機エルガイム ※10月発売版に4体追加

1985年5月発売
超時空要塞マクロス
ディフォルメヒーローシリーズ

1985年7月発売
ディフォルメZガンダム PART1

1985年8月発売
スーパーディフォルメガンダムワールド PART1

佐々野雅哉は重戦機エルガイムのディスプレイパネル用の絵を当時16歳の高校2年生だった横井孝二に発注していて、その流れでスーパーディフォルメガンダムワールドのデザイナーとして起用することになった。
メモ 1984年に、佐々野雅哉はバンダイ第3ビルの加藤智が同席した場にて横井孝二に面会した。
メモ 1984年10月11月頃に発売されたガシャポンの重戦機エルガイム1985年5月に発売された超時空要塞マクロスディフォルメヒーローシリーズ1985年7月に発売されたディフォルメZガンダムPART1は、佐々野雅哉が企画開発した。オオツカ企画が各ロボットをデフォルメにして、デフォルメのバランスはロボチェンマンに似ている。各ディスプレイパネルにて掲載されたデフォルメのロボットの絵は高校2~3年生だった横井孝二が描いて、デザイン会社のレイアップが横井孝二が描いた絵のクリーンナップと、全体のデザインをした。製品は超時空要塞マクロスは青島文化教材社が生産して、他はエンジェルが生産した。
メモ 重戦機エルガイムの10月発売版のディスプレイパネルにて掲載された絵を描いた人は分からない。
メモ ディフォルメZガンダムPART1のデイスプレイパネルの絵は後に、SDガンダム文具セットに流用された。
メモ バンダイフェア1985年版カタログの特機事業部のページにて、ロボチェンマンのガンダムフルアーマータイプを縮小再現したような銀色の立体物が掲載されたが、佐々野雅哉は記憶していない。

横井孝二は名古屋に住んでいた為、佐々野雅哉はスーパーディフォルメガンダムワールドの企画の為に何度も名古屋に行き、横井孝二に会った。1回目の名古屋の時はスーパーディフォルメについて説明して、円形〇の下に同径の三角△、そこに腕と、脚を省いて足のみを付けた2頭身の図を描いて見せた。2回目の名古屋の時に契約して、発注した絵の費用を支払い、次の絵の発注をした。ここまでは順調だったが、1985年に佐々野雅哉の上司になった柴崎誠が、2回目の名古屋分の精算書と、横井孝二の領収書を確認した時に問題が発生した。高校生に高額な金を渡すと不良の原因になるとして、横井孝二を起用することに反対して、さらに部長の仲吉昭治からも企画の休止を求められた。しかし佐々野雅哉は横井孝二が描くキャラクターが売れると信じて疑わなかった為、3回目以降は独断で休日に名古屋まで自費で行き、追加で発注した絵の制作料も自費で支払い、企画を継続した。
メモ スーパーディフォルメガンダムワールドPART1の前に発売された超時空要塞マクロスディフォルメヒーローシリーズディフォルメZガンダムPART1のディスプレイパネルにて掲載されたデフォルメのロボットの絵は横井孝二が描いたが、絵の制作料は特機事業部ではなく加藤智の経由で支払いしていた為、柴崎誠は横井孝二が起用されていたことに気づかなかったのか問題視はしていなかった。ちなみにディスプレイパネルの制作はデザイン会社のレイアップが行い、バンダイ静岡工場のデザイン課は関わっていない。
メモ 佐々野雅哉はスーパーディフォルメガンダムワールド開発初期の経費を自腹したことは特機事業部には伝えなかった為、バンダイからは返金されていない。
メモ 2006年4月1日に柴崎誠はバンダイの副社長に就任した。

hobby japan 2012 05 02

佐々野雅哉が横井孝二にデザインを発注した時に、蛆虫のごとく増殖するモビルスーツ達、さらに、蛆虫のように湧いて出てくるイメージ、を伝えた為、横井孝二が描いた絵の中にうぢ虫ぐわんだむの文字がある。
メモ うぢ虫ぐわんだむの絵は、ホビージャパン2012年5月号にて掲載された。ちなみにSDガンダム デザインワークスにて掲載された絵は、うぢ虫ぐわんだむの文字は消去して、各ロボットの配置を変更している。
メモ 佐々野雅哉は、バンダイ内で見向きされなくなっていた1作目のガンダム作品から、蛆虫らしき何かが出てくることをイメージしていた。

bandai robochanman ms-06r zaku ii01

スーパーディフォルメガンダムワールドのザクやグフは、ロボチェンマンのMS-06RザクIIの組立説明書にて掲載された、横井孝二が描いたMS-06RザクIIに雰囲気が近い。頭とスカートを上下に少し縮めて、脚を省いて靴の部分を広げれば、スーパーディフォルメガンダムワールドの雰囲気になる。

bandai mokei jowhow 1985 06 01

1985年6月1日に発行された模型情報1985年6月号にて、スーパーディフォルメガンダムワールドの見本が掲載された。スーパーディフォルメとSDという言葉は企画当初からあったが、1985年5月の時点では商品名はまだ決まっていなかった。宮本原型という会社が原型を制作して、鍬形加工が生産した。
メモ 同ページにて、特機事業部が担当したディフォルメZガンダムPART1と、ホビー事業部が担当したロボチェンマンのガンダムマークIIも掲載された。
メモ 1985年5月30日に開催された東京おもちゃショー用のバンダイのカタログにて、同じ見本が掲載された。「8月登場」と記載している。
メモ 1985年に出願されたらしいSDの玩具の商標登録が見つからない為、旧デザインは更新しなかったことが考えられる。新デザインは2000年に出願された。スーパーディフォルメの玩具の商標登録は、1992年に出願された。

hobby japan 1985 08 01

スーパーディフォルメガンダムワールドPART1は、1985年8月に発売された。この時の横井孝二は、17歳の高校3年生だった。
メモ スーパーディフォルメガンダムワールドの広告が掲載されたホビージャパン1985年8月号は7月25日に発売された為、7月末の発売だったことも考えられる。

佐々野雅哉は1985年9月に他の部署に転属した為、自販課の他の社員がスーパーディフォルメガンダムワールドとSDキン肉マンを引き継いだ。
メモ 1986年に発売されたSDキン肉マンぱあと1は、佐々野雅哉が企画開発した。デザイン会社のレイアップが各キャラクターをデフォルメにして、スーパーディフォルメガンダムワールドPART1と同じく宮本原型という会社が原型を制作した。
メモ 横井孝二は1987年に日本大学の夜間学部に入学した。上京にあたり、佐々野雅哉は横井孝二の為に千葉市稲毛区にてアパートの契約をして、さらにレイアップの中田ルオ社長に横井孝二を雇うよう説得して絵の仕事が出来る環境を整えた。
メモ SDガンダムには多数の人が関わり、デフォルメのバランスが異なる様々な立体物が発売された。関節を可動させる為に脚が長めなデフォルメもSDガンダム商品として発売されて、SDの定義は曖昧になった。

1984年〇月発売
キン肉マン ノコレスラー

1984年10月発売
重戦機エルガイム

1984年11月頃発売
重戦機エルガイム ※10月発売版に4体追加

1985年〇月発売
ゴジラダッシュ

1985年5月発売
超時空要塞マクロス
ディフォルメヒーローシリーズ

1985年7月発売
ディフォルメZガンダム PART1

1985年8月発売
スーパーディフォルメガンダムワールド PART1

1985年〇月発売
ディフォルメZガンダム PART2 ※PART1に4体追加

1985年〇月発売
ディフォルメZガンダム PART3 ※PART2に4体追加

1985年〇月発売
超時空要塞マクロス ディフォルメマクロス Part2 ※5月発売版に4体追加

1985年〇月発売
ディフォルメヒーローシリーズ パート2 北斗の拳

1985年〇月発売
超力ロボ ガラット

1986年〇月発売
SDキン肉マン ぱあと1


SDガンダムに関しての奇怪な話 1

ホビージャパン2012年5月号にて、横井孝二をSDガンダムの生みの親に指定していて、違和感がある。本件にて生みの親という言葉を使うと、極端なデフォルメの発案者、製品の開発責任者、商品名の発案者という意味まで含んでしまう。
メモ 生みの親という言葉は、物事を最初に始めた人、最初に作り出した人を意味する。 ホビージャパン2012年5月号以降、横井孝二を紹介する記事にてSDガンダムの生みの親というキャッチコピーや文を見ることが多くなり、プロパガンダ的な雰囲気がある。
  • 極端なデフォルメをガンダムに取り入れたのは、ロボチェンマンを企画開発した外岡仁だった。ガンダムフルアーマータイプはSDガンダムの第1号商品とも言える雰囲気になっていて、ガンダムフルアーマータイプの脚を短くすればスーパーディフォルメガンダムワールドに近い雰囲気になる。
  • スーパーディフォルメとSDという言葉を発案して、スーパーディフォルメガンダムワールドを企画開発したのは佐々野雅哉だった。頭が大きめで胴体と脚が極端に短い体型を基準にすることを当初から考えていて、その表現をスーパーディフォルメと呼称した。佐々野雅哉の上司だった柴崎誠と部長の仲吉昭治は、まだ高校生だった横井孝二を起用することに反対したが、佐々野雅哉は独断で横井孝二が住む名古屋まで自費で行き、追加で発注した絵の費用を自費で支払い、企画を継続した。
  • SDガンダムの企画で最初に起用されたデザイナーは、横井孝二だった。スーパーディフォルメガンダムワールドでは、ロボチェンマンのガンダムフルアーマータイプや、ロボチェンマンの組立説明書にて掲載されたMS-06RザクIIよりも、さらに脚と頭を縮めた。この時に、地球連邦系のロボットデフォルメに苦戦した。
  • スーパーディフォルメガンダムワールドPART1の原型を制作したのは、宮本原型という会社だった。立体物の制作者は、もう1人のデザイナーと言える。
こうした経緯があった為、SDガンダムの生みの親として1人を指定してしまうと、手柄を独り占めしている印象を与えてしまう。
メモ 人を紹介する記事にて、生みの親や元祖等の特徴的な言葉が使われることがある。生みの親や元祖的な存在であって欲しい、という心理が誌面にて反映されて、プロパガンダ的になることが考えられる。またマスメディアは演出として、特徴的な言葉をキャッチコピーに使うことがある。
  1. 1983年7月にアニメのチョロQダグラムが映画館にて公開された。
  2. 1983年10月頃にタカラからチョロQダグラムのフィギュアが発売された。
  3. 1984年5月に第23回静岡プラスチックモデル見本市が開催されて、バンダイのホビー事業部からロボチェンマンが6種類発表された。
  4. 1984年7月にロボチェンマンのウォーカーギャリアとバイファムが発売された。
  5. 1984年8月にロボチェンマンのエルガイムが発売された。
  6. 1984年9月にロボチェンマンのガンダムフルアーマータイプとビルバインが発売された。
  7. 1984年10月にロボチェンマンのMS-06RザクIIが発売された。
  8. 1984年10月にバンダイの特機事業部からガシャポンの重戦機エルガイムが発売された。さらに11月頃4体を追加して再販売された。ミニサイズのプラモデルになっていて、エルガイムのデフォルメのバランスはロボチェンマンのエルガイムに似ている。
  9. 1985年5月に特機事業部からガシャポンの超時空要塞マクロスディフォルメヒーローシリーズが発売された。ミニサイズのプラモデルになっている。バイファムとビルバインのデフォルメのバランスは、ロボチェンマンのバイファムとビルバインに似ている。
  10. 1985年7月に特機事業部からガシャポンのディフォルメZガンダムPART1が発売された。ミニサイズのプラモデルになっている。ガンダムMk-IIのデフォルメのバランスは、ロボチェンマンのガンダムマークIIに似ている。
  11. 1985年8月に特機事業部からガシャポンのスーパーディフォルメガンダムワールドPART1が発売された。塩化ビニールの塊になっている。
他にもホビージャパン2012年5月号の記事は、誤解がある。「2頭身にギュっと縮めながらも精密さを持ついわゆるSDスタイルは、SDガンダムより発生したといっていいだろう」と記載していて、SDガンダムの表現方法がスーパーディフォルメガンダムワールドの発足時に無の状況から発案されたとの説明になっている。しかし1984年9月には、ロボチェンマンのガンダムフルアーマータイプが発売されていて、パッケージにて掲載された絵はSDスタイルと呼べる雰囲気になっている。

bandai robochanman gundam02

さらに「というかSD以前にSDという言葉は無かったし」との補足を記載しているが、表現方法について言及する場合は商品名で区切ってはならない。
メモ 佐々野雅哉はチョロQダグラムからロボチェンマンへの流れは認識していて、スーパーディフォルメガンダムワールドもデフォルメ表現の流れの中で変化を加えたものだと言及している。
メモ ホビージャパン2012年5月号にて掲載された文は、栗原昌宏が執筆した。後にツイッターにて、栗原昌宏ロボチェンマンには詳しくないことが判明した。
メモ 横井孝二も、SDガンダムの原型とも言えるロボチェンマンのMS-06RザクIIの絵や、ガンダムフルアーマータイプがあったことについては言及していない為、スーパーディフォルメガンダムワールドを起点にしている印象を与えている。
メモ スーパーディフォルメガンダムワールドやその後のSDガンダムは、2頭身キャラクターとして扱われることが多い。しかし実際は、2頭身ではないキャラクターのほうが多い。

kodansha comic bombom 1985 05 02

脚が無い丸っこいスタイルについても、スーパーディフォルメガンダムワールドよりも前に発表された作品がある。1985年4月15日に発売されたコミックボンボン1985年5月号にて、MS-06RザクIIが登場するこちらロボ番地!が掲載された。作者のときた洸一が描いたMS-06RザクIIは、脚がほとんど無くスカートも縮めていて、横井孝二が描いたスーパーディフォルメガンダムワールドに近いデフォルメのバランスになっている。こちらロボ番地!はロボチェンマンとパロチェンマンを活躍させることを目的にして連載を開始した漫画だったが、ときた洸一はデフォルメのバランスを変えて描いていた。
メモ ときた洸一が描いたMS-06RザクIIは、ロボチェンマンのMS-06RザクIIの組立説明書にて掲載された、横井孝二が描いたMS-06RザクIIから着想を得ていることが考えられる。同様に模型情報1985年2月号にて掲載されたときた洸一が描いたズワースも、横井孝二が描いたダンバインから着想を得ていることが考えられる。

他にもホビージャパン2012年5月号の記事は、誤解がある。横井孝二がデビュー前にプライベートで描いた絵として、ロボチェンマンの絵が掲載された。

ホビージャパン2012年5月号のSDガンダムの誕生について記載しているページは、参考に出来る部分と出来ない部分に注意して読む必要がある。


SDガンダムに関しての奇怪な話 2

1995年6月9日に発行されたガンダム神話にてスーパーディフォルメガンダムワールドの開発について記載しているが、佐々野雅哉がこの本の著者に直接伝えた話ではない為に誤解がある。
  • 「佐々野雅哉は周囲の無関心ぶりをよそに、このデフォルメキャラクター物の動きに注目していた」の件は、若干異なる。佐々野雅哉は当時、イメージした物がカプセル玩具で商品化されていなければ、真っ先に開発することを考えていた。周囲の無関心について言及した記憶は無い。
  • スーパーディフォルメガンダムワールドの企画を始めた時に佐々野雅哉の上司が「ガンダムに対する冒涜だ」と発言した件は、佐々野雅哉は部長の仲吉昭治、次長、係長、柴崎誠からは直接そうした発言は聞いていない。仲吉昭治と柴崎誠が横井孝二を起用することに反対していたことは加藤智は知っていた為、加藤智がこの本の著者に状況を伝えた時に変質したことが考えられる。
  • うぢ虫ぐわんだむの文字が原因で創通エージェンシーの担当者が「キャラクターをバカにしている」と佐々野雅哉に対して怒った件は、実際は担当者から、うぢ虫ぐわんだむとは何ですか、という質問があったのみだった。
  • スーパーディフォルメガンダムワールドPART1の原型を制作したのは鍬形加工ではなく、宮本原型という会社だった。鍬形加工は、スーパーディフォルメガンダムワールドPART1の生産をしていた。
他にもガンダム神話は、誤解がある。横井孝二は機動戦士ガンダムに登場するロボットを2頭身で描いて模型情報に投稿したことを記載しているが、横井孝二はそのような絵は投稿していない。この誤解は、俺たちのガンダム・ビジネスへ拡散した。
メモ EX大衆2019年10月号とウィキペディアの横井孝二のページも、ディフォルメしたガンダムのイラストを投稿、と記載していて誤解がある。さらに機動戦士ガンダムヒストリカ第8巻も、現在のSDの原型ともいえるメカたちであった、と記載していて誇張がある。

bandai mokei jowhow 1983 01 01

1982年12月25日に発行された模型情報1983年1月号にて、アッグガイを2頭身にした絵が掲載された。投稿したのは、横井孝二ではない。
メモ アッグガイは、元からデフォルメ的なデザインになっている。

diamond the legend of mobile suit gundam01

ガンダム神話のSDガンダムの誕生について記載しているページは、参考に出来る部分と出来ない部分に注意して読む必要がある。
メモ ガンダム神話は、猪俣謙次が執筆した。


SDガンダムに関しての奇怪な話 3

ガンダムに関連した立体物を展示したガンダムワールドが、日本の各地にて開催された。その会場にてSDガンダムの歴史について記載しているパネルが設置されていて、誤解があった。
メモ 2012年12月1日~2013年1月31日にダイバーシティ東京プラザ7Fのガンダムフロント東京にて開催されたGUNPLA展でも、ほぼ同じパネルが使われた。
メモ SDガンダムが展示されないガンダムワールドもあった。

SDガンダム誕生!
高校生が模型誌に投稿したイラストから始まった・・・

『機動戦士ガンダム』劇場三部作の公開終了後もガンプラブームは衰えることなく、バンダイは『模型情報』という月刊誌を発行して、ガンプラの最新商品情報や模型製作例などを紹介していた。
その読者投稿イラストコーナーに、風変わりなモビルスーツのイラストが掲載される。愛知県在住の高校生・鳥山劣君(ペンネーム)が描いたそのイラストは、三頭身にデフォルメされたガンダムだった。彼のイラストに注目した編集部は、1984年3月号から『MJ劇場』のタイトルで『模型情報』に4コマ漫画の執筆を依頼。この『MJ劇場』が現在まで続くSDガンダムの原型となった。
ペンネーム・鳥山劣君は、現在では"横井画伯"と呼ばれる横井孝二氏。SDガンダムの生みの親としてファンから神格化されている存在である。もう一つのガンダムワールドである『SDガンダム』の歴史は、アニメではなく、高校生が描いた独創的なイラストから始まったのだ。

明らかに、問題図書のガンダム神話を参考にしている。2頭身を3頭身に改定しているが、3頭身前後のモビルスーツの絵が掲載されたのは加藤智に起用された後の4コマ漫画からで、それ以前は3頭身のモビルスーツは掲載されていない。そして横井孝二を祭り上げている箇所は、使われている語句からホビージャパン2012年5月号を参考にしていることが考えられる。
メモ ガンダムワールドは、各企業が興行権を買って開催するシステムにしていて、主催は各イベントごとに異なる。しかし企画制作はバンダイと記載している為、パネルの文を執筆したのは誰だったのかバンダイに問い合わせたが、分からないとの返答を得た。
メモ 横井画伯という呼称は、大衆から広まったのではない。レイアップの社員が横井孝二を画伯と呼ぶようになり、それが後に模型情報超戦士ガンダム野郎にて使われた。

2018年4月28日~5月6日に開催されたガンダムワールド2018in高岡にて、パネルが改定された。

SDガンダム誕生!
『機動戦士ガンダム』劇場三部作の公開終了後も、ガンプラブームは衰えることなく、バンダイは『模型情報』という月刊誌で、ガンプラの最新商品の情報や模型の製作例などを精力的に紹介していた。
その『模型情報』の読者投稿イラストコーナーの常連に、愛知県在住の学生・鳥山劣君(ペンネーム)がいた。彼が描くガンダムシリーズのモビルスーツの独創的なイラストに、編集部は注目。1984年3月号から、「MJ劇場」のタイトルで4コマ漫画の執筆を依頼する。この「MJ劇場」が1985年に発売されるガシャポン(カプセル入り玩具)の「スーパーディフォルメガンダムワールド」シリーズ誕生のきっかけとなり、SDガンダムの歴史が始まる
ペンネーム・鳥山劣君は、現在では"横井画伯"と呼ばれるイラストレーターの横井孝二氏。SDガンダムの生みの親として、ファンの中には神格化する人も多い。もう一つのガンダムワールドであるSDガンダムの歴史は、アニメからではなく、学生が描いた独創的なイラストをきっかけに始まったのだ。

ところが横井孝二を祭り上げている箇所は、ほとんど修正していない。SDガンダムのスタイルはスーパーディフォルメガンダムワールドの企画時に発案されたのではなく、1984年に製造されたロボチェンマンからの流れがある。SDガンダムの歴史について言及するならば、ロボチェンマンを起点にしなければならない。


SDガンダムに関しての奇怪な話 4

2004年7月9日に発行された機動戦士ガンダムヒストリカ第8巻の30ページ目にて「最初にSDをデザインさせたバンダイの担当の考えはシンプルだった。その数年前に人気を呼んだDr.スランプ アラレちゃん。このかわいらしいキャラクターは老若男女を問わず広く受け入れられていた。ガンダムにもそのテイストを盛り込むことで敷居を低くしてあげれば、子供や女の子にも広がるに違いない。」と記載しているが、佐々野雅哉はドクタースランプのファンではあるが、企画時にドクタースランプのテイストを盛り込むことは考えたことは無く、言及した記憶は無い。

さらに玄光社のウェブサイトにて「バンダイさんは本当は鳥山さんに描いてほしいんだろうなと」と記載しているが、佐々野雅哉は鳥山明に発注することは考えていなかった。


SDガンダムに関しての奇怪な話 5

1994年7月に発行された超音速のMS少女にて、横井孝二がロボチェンマンのデザインに関わりがあったことを記載しているが、誤解がある。プラモデルのパッケージや組立説明書を制作していたバンダイ静岡工場のデザイン課が、ロボチェンマンの組立説明書にて掲載する挿絵の為に横井孝二を起用した。横井孝二は、ロボチェンマン本体の開発には関わりは無い。
メモ 超音速のMS少女の4ページ目は、村雨ケンジ=伊藤隆介が執筆した。
メモ 1984年11月26日に発売されたコミックボックスジュニア1985年1月号にて、横井孝二が描いた東宝特撮キャラクターが掲載された。つまり、ロボチェンマンの発売後に記事が掲載されたことになる。


SDガンダムに関しての奇怪な話 6

スーパーディフォルメガンダムワールドPART11985年8月に発売されたが、俺たちのガンダム・ビジネスEX大衆2019年10月号ORICON NEWS 2020年1月13日の記事では、何故か1985年6月に発売されたことになっている。
メモ 2015年6月にツイッターにて、横井孝二が誤報を拡散してしまった。
メモ スーパーディフォルメガンダムワールドの広告が掲載されたホビージャパン1985年8月号は7月25日に発売された為、7月末の発売だったことも考えられる。
メモ 1985年5月30日に開催された東京おもちゃショー用のバンダイのカタログにて、「8月登場」と記載している。

誤報の原因は、ウィキペディアのSDガンダムのページが考えられる。2004年2月9日にウィキペディアを更新した人は、模型情報1985年6月号にてスーパーディフォルメガンダムワールドの見本が掲載されたことを誤解して、ウィキペディアにて6月に発売と記載してしまったことが考えられる。
メモ 1985年7月15日に発売されたコミックボンボン1985年8月号は、ディフォルメZガンダムPART1のことは記載していて、スーパーディフォルメガンダムワールドPART1のことは記載していない。
メモ 模型情報1985年7月号と8月号は、スーパーディフォルメガンダムワールドPART1のことは記載していない。9月号にて、ホビージャパン1985年8月号と同じタイプの広告が掲載された。
メモ バンダイに問い合わせて、スーパーディフォルメガンダムワールドPART1の出荷日について記載している資料は無いとの情報を得た。

さらにホビージャパン2000年7月号の6ページ目にて「1986年より発売」と記載していて、2012年12月のGUNPLA展では「1987年に発売」と表示していた。年代については、ミスが発生しやすい。
メモ バンダイのウェブサイトは「1985年」と記載していて問題は無い。


SDガンダムに関しての奇怪な話 7

2018年にバンダイは、SDガンダム30周年という物販キャンペーンを行った。サンライズのウェブサイトにて趣意が掲載されて、アニメの機動戦士SDガンダムが1988年に公開されてから2018年で30周年になったことを記念した企画と説明していた。

ガンダムカフェ sdガンダム30th tシャツ01

しかしバンダイはアニメの機動戦士SDガンダム以外のSDガンダムも祝していて、キャンペーンのロゴも全てのSDガンダムを統括していて、2015年に行うべき企画を2018年に無理やり行った感じがあった。 バンダイは佐々野雅哉を起点にしたSDガンダム30周年ではなく、副社長だった柴崎誠を起点にしたSDガンダム30周年を選択したことが考えられる。


SDガンダムに関しての奇怪な話 8

コミックボンボンにて爆笑戦士!SDガンダムを連載した佐藤元が、自身が描いた作品がSDガンダムの起源になっていることを言及したが、誤解がある。

1983年12月20日に発行されたデュアルマガジン第7号1984年WINTERから、1984年9月20日に発行された同誌第10号1984年AUTUMNまで、佐藤元が描いたQロボゴーグちゃんが連載された。アニメの巨神ゴーグは、放送開始が1983年10月から1984年4月に変更になった経緯があったが、Qロボゴーグちゃんは巨神ゴーグの放送前に発表された。
メモ アニメの巨神ゴーグは、放送前に試写会が行われた。

佐藤元のツイッターにて「SDの起源としてQロボがあるはず」さらに「QロボゴーグはSDガンダムの元」との言及がされたが、バンダイが企画した極端なデフォルメのガンダム商品はチョロQダグラムがあったことで始動していた。
メモ 前述のロボチェンマンの項目と、SDガンダムに関しての奇怪な話1の項目を参照。
  1. 1983年7月にアニメのチョロQダグラムが映画館にて公開された。
  2. 1983年10月頃、タカラからチョロQダグラムのフィギュアが発売された。
  3. 1983年12月にデュアルマガジン第7号1984年WINTERが発売されて、漫画のQロボゴーグちゃんが連載を開始した。Qロボゴーグは、脚が長い特徴がある。
  4. 1984年1月にデュアルマガジン別冊3Dジャーナル創刊号が発売されて、漫画のドリスちゃんのカルチャークラブが連載を開始した。第1回目には、Qロボゴーグが描かれている。
  5. 1984年4月コミックボンボン1984年5月号が発売されて、漫画のロボロボカンパニーが連載を開始した。第1話には、Qロボゴーグとザクが描かれている。
  6. 1984年5月に第23回静岡プラスチックモデル見本市が開催された。タカラからQロボゴーグが発表されて、バンダイからロボチェンマンが発表された。ロボチェンマンのガンダムフルアーマータイプは、SDガンダムの第1号商品とも言える雰囲気になっている。
  7. 1984年6月にタカラからQロボゴーグの完成品フィギュアが1種類、プラモデルが1種類発売された。
  8. 1984年7月にタカラからQロボゴーグのプラモデルが3種類発売された。
  9. 1984年7月にバンダイからロボチェンマンのウォーカーギャリアとバイファムが発売された。
  10. 1984年9月にバンダイからロボチェンマンのガンダムフルアーマータイプが発売された。
  11. 1985年8月にバンダイからガシャポンのスーパーディフォルメガンダムワールドPART1が発売された。丸っこさを表現する為に頭は大きく、脚はほとんど無いか全く無い。
ところで佐藤元のツイッターにて「チョロQダグラムを起点に考える人が多すぎて困る。企画はQロボが先」との言及がされたが、もしQロボゴーグがチョロQダグラムよりもちょっと前に企画されていても、公開していない期間は世間には影響を与えていない。さらにスーパーディフォルメガンダムワールドを企画開発した佐々野雅哉が元祖SDガンダムの企画開発時に意識した作品は、タカラが製造した魔神英雄伝ワタルのプラクションだった。Qロボゴーグが、後のSDガンダム商品に影響を与えた様子は見られない。
メモ 元祖SDガンダムは、1988年12月に発売された。
メモ チョロQロボの企画は、佐藤元は関わっていない。部署が異なった為に佐藤元にはチョロQロボの情報は入らなかったが、企画のスタート時期だけは分かっていたらしい。
メモ Qロボゴーグの商品パッケージにて掲載された絵は、佐藤元が描いた
メモ Qロボは、チョロQロボとは関連は無い。さらに1984年にはデフォルメ戦闘機がロボットに変形するチョロボという商品も発売されていて、紛らわしい。
メモ 巨神ゴーグの放送開始に合わせて、テレビマガジン1984年5月号にて、 とや邦行ほしの竜一が描いた漫画、ポケポケQロボが連載を開始した。ロボットの表情は、成井紀郎または真樹村正から着想を得ていることが考えられる。
メモ デュアルマガジンは、第12号で廃刊になった。

kodansha comic bombom 1984 05 01

1984年4月14日に発売されたコミックボンボン1984年5月号から、1986年1月15日に発売された同誌1986年2月号まで、佐藤元が描いたロボロボカンパニーが連載された。佐藤元のウェブサイトにて「コミックボンボン25周年記念番組にて、この漫画がガンダムを一番最初にデフォルメしたと認めている」と記載しているが、デフォルメのRX-78ガンダムはテレビマガジン1979年6月号にて掲載された成井紀郎が描いた挿絵のほうが発表が早く、1982年4月に発行された機動戦士ガンダムプラモ改造法にて掲載されたドムは、佐藤元が描いたザクに近いデフォルメになっている。さらにモビルスーツが人間のように喋る表現は、コミックボンボン1983年9月号にて掲載された最新電子ゲーム必勝スクールがある。


SDガンダムに関しての奇怪な話 9

兵庫県立美術館が2013年に発行した超・大河原邦男展レジェンド ・オブ・メカデザインにて「既存のロボットを可愛らしくアレンジする最初の例は、チョロQダグラムに求めることができる」と記載しているが、誤解がある。こうした表現にも過去からの流れがあり、チョロQダグラムは起点ではなく、変化点になる。
メモ 超・大河原邦男展レジェンド ・オブ・メカデザインの207ページ目は、兵庫県立美術館の小林公が執筆した。

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1982年8月7日に放送された逆転イッパツマンの第26話にて、関節の可動を気にしないデフォルメの逆転王が登場する。
メモ ロボットの各パーツが密着していても、アニメーションの場合は原画担当者と動画担当者がぬいぐるみ的に曲げる方法で処理する為、問題にはならない。
メモ アニメのチョロQダグラムにて、ダグラムの身長が伸びてデフォルメ体型に戻る演出は、逆転イッパツマンの第26話または、週刊少年ジャンプ1980年2月11日号No.5・6にて掲載されたドクタースランプのオ~ッス!の巻から着想を得ていることが考えられる。
メモ 逆転王のデフォルメのバランスは、BB戦士のZガンダムに近い雰囲気がある。

ポピー ウルトラ怪獣ケシゴム キングジョー小01

1979年にはポピーがウルトラマン怪獣ケシゴムのキングジョーユートムを発売していて、キングジョーの脚は動画のチョロQダグラムに近い雰囲気がある。
メモ 短足にデフォルメにした立体物として、1966年に三ツ葉電機製作所が製造したミツバの鉄人28号ランプがある。


補足資料

横井孝二がSD以前に描いたデフォルメのロボット ! ロボチェンマンの組立説明書

横井孝二がSD以前に描いたデフォルメのロボット ! √O-BOX鳥山劣個人集

にせガンダム ? チョロQダグラムに登場する変なガンダム

鳥山明が描いたデフォルメのロボット ! 少年ジャンプのドクタースランプ

デフォルメのモビルスーツ ! 1979年~1983年

横井画伯というキャラクター ! コミックボンボンの超戦士ガンダム野郎

実際の発売日 ? ロボチェンマン&パロチェンマン&カワルドスーツ

SDガンダムBB戦士 ! 初期の6体はSDガンダムという商品名ではなかった