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ガシャポンからスタートしたSDガンダム

機動戦士ガンダムのモビルスーツを可愛くデフォルメにしたSDガンダムシリーズは、30年以上続いているバンダイの人気ブランドになっている。

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SDガンダムの最初の商品、スーパーディフォルメガンダムワールドが企画された時にデザイナーとして起用された横井孝二は、その時はまだ高校生だった。


インターネットが無かった時代の出来事

横井孝二は中学2年生の時からバンダイが発行していた模型情報の読者参加ページに、絵を投稿していた。

bandai mokei jowhow 1983 02 01

模型情報を編集していた加藤智に起用されるまでに、計9作品が掲載された。

bandai mokei jowhow 1981 11 01

1981年10月25日発行、模型情報1981年11月号にて、機動戦士ガンダムのグフの絵が掲載された。この時は13歳の中学2年生だった。ペンネームは鳥山劣にしていて、尊敬する漫画家の鳥山明の姓と、鳥山明よりも劣る存在として、名を劣にしていた。
メモ 横井孝二の誕生日は、1968年3月12日。ペンネームの鳥山劣は、とりやまおとると読む。

bandai mokei jowhow 1982 03 01

1982年2月25日発行、模型情報1982年3月号にて、鉄人28号の絵が掲載された。この時は13歳の中学2年生だった。

bandai mokei jowhow 1982 04 01

1982年3月25日発行、模型情報1982年4月号にて、機動戦士ガンダムのズゴックの絵が掲載された。この時は14歳の中学2年生だった。
メモ 4月から中学3年生に進級。

1982年4月25日発行、模型情報1982年5月号にて、機動戦士ガンダムのMS-06RザクIIの絵が掲載された。この時は14歳の中学3年生だった。

bandai mokei jowhow 1983 01 02

1982年12月25日発行、模型情報1983年1月号にて、ザブングルの旧式ホバギーとレッグをデフォルメにした絵が掲載された。この時は14歳の中学3年生だった。鳥山明の世界に馴染みそうな雰囲気にしている。

bandai mokei jowhow 1983 02 02

1983年1月25日発行、模型情報1983年2月号にて、ダンバインをデフォルメにした絵が掲載された。この時は14歳の中学3年生だった。

bandai mokei jowhow 1983 06 01

1983年5月25日発行、模型情報1983年6月号にて、幻魔大戦のベガをデフォルメにした絵が掲載された。この時は15歳の高校1年生だった。

bandai mokei jowhow 1983 07 02

1983年6月25日発行、模型情報1983年7月号にて、ザブングルのギャロップの上にザクの頭を描いた絵が掲載された。この時は15歳の高校1年生だった。

bandai mokei jowhow 1983 12 01

1983年12月1日発行、模型情報1983年12月号にて、メカニコングをデフォルメにした絵が掲載された。この時は15歳の高校1年生だった。

hobby japan 1983 01 01

横井孝二は、模型専門誌のホビージャパンにも絵を投稿していた。1982年12月25日発売、ホビージャパン1983年1月号にて、映画のキャラクターをデフォルメにした絵が掲載された。この時は14歳の中学3年生だった。
メモ 誌面には横井孝二の住所が記載されているが、現在は住宅は無い為、加工せずに当ページに掲載した。

takara 3d journal no.3 01

横井孝二は、玩具メーカーのタカラにもさりげなく自己PRをしていた。1984年2月20日発行、デュアルマガジン別冊3Dジャーナル創刊2号にて、チョロQボトムズのプレゼントが行われた。横井孝二は葉書に絵を描いて応募した為、1984年4月20日発行、同誌第3号にて掲載された。応募時は15歳の高校1年生、掲載時は16歳の高校2年生だった。
メモ 誌面には横井孝二の住所が記載されているが、現在は住宅は無い為、加工せずに当ページに掲載した。
メモ チョロQボトムズは、1984年3月に発売された。そしてチョロQゴーグは、1984年6月に発売された。
メモ 1984年1月20日発行、3Dジャーナル創刊号にて、スコープドッグをデフォルメした絵が2点掲載された。しいばみつおと小出拓が描いた。
メモ タカラが発行した3Dジャーナルは、バンダイが発行した模型情報から着想を得ていることが考えられる。
メモ 3Dジャーナルにて記載されている発行日は、発売日を意味している。


静岡県の子会社で発行された模型情報

静岡県にあったバンダイ模型は、1969年に倒産した今井科学の清水工場と金型をバンダイが買い取って1971年5月に設立された、バンダイの子会社だった。

模型情報は、プラモデルのパッケージや組立説明書を制作していたバンダイ模型のデザイン課が発行した月刊情報誌で、同課にいた加藤智が編集していた。サイズや雰囲気は田宮模型のタミヤニュースから着想を得ていて、さらに右開き、縦書き、軽い文体は平凡出版の雑誌POPEYEから着想を得ていた。模型情報というネーミングをしたのも、加藤智だった。
メモ 加藤智は、1975年にバンダイ模型に入社した。

bandai mokei jowhow 1983 04 01

1983年3月1日、バンダイ東京本社はバンダイ模型、バンダイ出版、ポピー、他4社を合併して、バンダイ模型はバンダイ静岡工場という部署名になった。そして営業を担当していたバンダイ東京本社の模型部は、ホビー事業部という部署名になった。

bandai mokei jowhow 1983 04 02

裏表紙にて記載されている発行日は発売予定日を意味していて、発行日に発売されたこともあれば数日違いで発売されたこともあった。

模型情報の誌面にて編集部という呼称が記載されているが、1985年に安蒜利明が入社して模型情報に配属されるまでは、編集は加藤智が1人で行っていた。模型情報の発行部数が多くなると、雑務担当として女性社員が1人配属された。そして安蒜利明が配属された時には女性社員は2名になっていて、編集部はパーテーションで仕切られた空間になっていた。安蒜利明が配属された1985年時は、東京の新宿にあったバンダイの関連事務所も模型情報の編集部にしていた。
メモ 女性社員が2名になった件は、バンダイ静岡工場にいた外岡仁に問い合わせて情報を得た。
メモ 新宿の編集部の件は、漫画家の北崎拓に問い合わせて情報を得た。
メモ バンダイの社員か外注かは分からないが、取材等で他にも関わった人がいたことが誌面の内容から分かる。


模型情報=バンダイ静岡工場デザイン課が横井孝二を起用

横井孝二は、杉原昌子と同時期に、模型情報に起用された。

bandai mokei jowhow 1984 03 03

1984年3月1日発行、模型情報1984年3月号にて、4コマ漫画の第1回目が掲載された。この時は15歳の高校1年生だった。
メモ 横井孝二が4コマ漫画で描いたデフォルメのRX-78ガンダム以前に模型情報に掲載されたデフォルメのRX-78ガンダムは、1982年9月25日発行、模型情報1982年10月号にて掲載された絵がある。描いた人は分からないが、同誌にてテクニカル・マニュアルを連載していたS.MABUCHIの絵に似ている。

bandai mokei jowhow 1984 03 04

4コマ漫画に描かれているダンバインは、極端なデフォルメになっている。模型情報1983年2月号と1984年3月号の間には、1983年7月9日に公開されたアニメのチョロQダグラムがあり、さらに横井孝二がチョロQボトムズのプレゼントに応募した証拠がある。この点から横井孝二はチョロQダグラムから着想を得て、デフォルメのバランスを変化させたことが考えられる。
メモ 横井孝二に関連した記事では、どれも鳥山明からの影響があったことが記載されている。しかしロボットのデフォルメのバランスを大胆に変化させたきっかけについては、時期、横井孝二の年齢と独自の画風を確立していなかった点、鳥山明が描いた人型ロボットは極端なデフォルメ体型にはしていなかった点から判断して、鳥山明の件は外した。横井孝二に問い合わせたが、返答は得られなかった。
メモ 創作物は、過去の創作物の積み重ねで成り立っている

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チョロQダグラムは、場面ごとにデフォルメのバランスが異なる。その中で、上から押し潰した感じの絵が、横井孝二が4コマ漫画で描いたダンバインの雰囲気に近い。チョロQダグラム設定画では普通ぽいデフォルメになっているが、動画を担当したスタジオ・ライブの誰かが、上から押し潰した感じに描いてしまった。
メモ 該当場面の原画担当者は誰だったのか、スタジオ・ライブを経営する神志那弘志に問い合わせたが、返答は得られなかった。

模型情報を発行していたデザイン課はプラモデルのパッケージや組立説明書を制作していた関係で、横井孝二は早速ロボチェンマンの組立説明書の挿絵に起用された。挿絵のデフォルメのバランスは、模型情報1984年3月号に掲載されたダンバインの絵と同じ感じになっている。
メモ ロボチェンマン1984年7月から発売された。


バンダイのデフォルメロボット企画はロボチェンマンから始まった

1983年前期、バンダイのホビー事業部は、機動戦士ガンダムのモビルスーツをデフォルメにして商品にすることを企画会議にて提案した。当時は冒険的な提案だったが、反対意見は企画会議では無かった。この時に考案されたRX-78ガンダムは無難なデフォルメになっていて、商品化には進まなかった。
メモ ロボチェンマンの開発についての細かな状況は、1982年にバンダイ模型に入社して、現在は玩具企画会社のスタジオジンを経営する外岡仁に問い合わせて、情報を得た。

ホビー事業部の企画会議から数ヵ月後の1983年7月9日にアニメのチョロQダグラムが映画館で公開されて、同年10月頃にタカラからプルバックゼンマイを内蔵したフィギュアが発売された。この時期にホビー事業部の企画会議にて、チョロQダグラムに対抗するデフォルメ商品をプラモデルで発売することが決定した。バンダイ静岡工場の技術部開発課にいた外岡仁は、日本サンライズのロボットをチョロQダグラムを参考にして極端にデフォルメにして、さらにプルバックゼンマイを内蔵したロボチェンマンを企画開発した。

hobby japan 1984 07 01

1984年5月17日に開催された第23回静岡プラスチックモデル見本市にてロボチェンマンのサンプルを6種類展示後、1984年7月にウォーカーギャリアとバイファム、同年8月にエルガイム、同年9月にガンダムフルアーマータイプ、同年10月にザクIIを発売した。各キャラクターによりデフォルメのバランスは異なり、中でもガンダムフルアーマータイプはSDガンダムの第1号商品とも言える雰囲気になっている。
メモ 外岡仁はロボチェンマン、パロチェンマン、カワルドスーツを企画して、全商品をデザインした。
メモ ロボチェンマンの組立説明書や模型情報にて、担当はホビー事業部と記載されている。ホビー事業部は台東区駒形2-5-4の東京本社にて営業を担当していて、企画開発はバンダイ静岡工場の技術部開発課にて行われた。
メモ チョロQダグラムのフィギュアの発売日については、1983年11月20日に発行されたデュアルマガジン別冊3Dジャーナル創刊準備号にて発売済みになっていた為、10月頃に発売されたと判断した。
メモ 1984年4月、タカトクトイスが超時空要塞マクロスのバルキリーをデフォルメにして、プルバックゼンマイを内蔵したパロメカを発売した。発売前の商品名はバルチョロになっていて、バンダイと同じくチョロQダグラムから着想を得ていることが考えられる。
メモ 1984年5月、ホビー事業部の担当でハイコンプリートモデルのガンダムフルアーマータイプ、ザクII、バイファムが発売された。
メモ 1986年、ホビー事業部の担当でプルバックゼンマイを内蔵したあそボットシリーズが発売された。完成品フィギュアになっていて、ロボットはゼータガンダム、ダブルゼータガンダム、レイズナーが発売された。

bandai robochanman walker gallia 01

ロボチェンマンの組立説明書は、バンダイ静岡工場のデザイン課が制作した。模型情報を編集していた加藤智がいた部署だった関係で、最初の商品のウォーカーギャリアとバイファムの組立説明書にて、横井孝二が描いた絵が小さく掲載された。この時期に外岡仁は、加藤智からの紹介で横井孝二が描いた絵を数点と、横井孝二からの意見が記されたメモを見ていた。しかしロボチェンマンのデフォルメのバランスは、チョロQダグラムを参考にしつつ外岡仁の感覚で決定された。
メモ 横井孝二が描いた絵は、銀色パッケージに同梱されている組立説明書にて掲載された。銀色パッケージ → No.1 ウォーカーギャリア、No.2 バイファム、No.3 エルガイム、No.4 ビルバイン、No.5 ガンダムフルアーマータイプ、No.6 ザクII、No.7 トゥランファム、No.8 エルガイムマークII、白色パッケージ → No.9 カミーグ、No.10 カミーグガラット、No.11 ジャンブー、No.12 ジャンブーガラット、No.13 パティーグ、No.14 パティーグガラット、No.15 ガンダムマークII、No.16 ハイザック、No.17 チェンジロボ、No.18 リック・ディアス、No.19 Zガンダム、No.20 VS-1Sバルキリー。

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ロボチェンマンのパッケージもバンダイ静岡工場のデザイン課が制作したが、絵を描いた人は分からない。パッケージの絵はキット本体に準じているが、チェンジロボのみ頭部を大胆に大きくしていてキット本体とは異なる。

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1985年4月15日発売、コミックボンボン1985年5月号から、1985年11月15日発売、同誌1985年12月号まで、ときた洸一が描いたこちらロボ番地!が連載された。ロボチェンマンとパロチェンマンが登場する漫画になっている。


バンダイの特機事業部が横井孝二を起用

スーパーディフォルメガンダムワールドを企画して、デザイナーとして横井孝二を起用したのは、特機事業部にて企画開発をしていた佐々野雅哉だった。
メモ 佐々野雅哉は、1981年にバンダイに入社した。
メモ 佐々野雅哉がスーパーディフォルメガンダムワールドを企画した時に勤務していた部署は、特機事業部とした。佐々野雅哉自身は自販事業部にいたことを言及したが、バンダイが1983年に関連会社を合併した後は、特機事業部という部署名が商品や広告に記載されて、自販事業部という部署名は消えた。その後、スーパーディフォルメガンダムワールドMARK-5を発売した時に、自販デビジョンという部署名が記載された。部署名はコロコロと変わったことが考えられる。
求む 上記の解釈で正しいかどうか、バンダイに関係した人からの情報を求む。メール投稿フォームは、PC画面の右側に。

bandai robochanman ms-06r zaku ii 01

スーパーディフォルメガンダムワールドのデフォルメのバランスは、ロボチェンマンのザクIIの組立説明書にて掲載された、横井孝二が描いたザクIIを土台にしていることが考えられる。スカートの部分を上下に少し縮めると、スーパーディフォルメガンダムワールドの雰囲気になる。

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佐々野雅哉が横井孝二にデザインを発注した時に、うじ虫のごとく増殖する小さなガンダムというイメージを伝えた為、横井孝二が描いた絵の中にうぢ虫ぐわんだむの文字がある。
メモ うぢ虫ぐわんだむの絵は、ホビージャパン2012年5月号にて掲載された。SDガンダム デザインワークスにも掲載されたが、うぢ虫ぐわんだむの文字は消去された。さらにSDガンダム デザインワークスは各モビルスーツの配置がホビージャパンとは異なる為、原画では各モビルスーツごとに紙が分けてあることが考えられる。両誌の記事を編集した栗原昌宏に問い合わせたが、返答は得られなかった。
メモ スーパーディフォルメガンダムワールドやその後のSDガンダムは、2頭身キャラクターとして扱われることが多い。しかし実際は、2頭身ではないキャラクターのほうが多い。

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佐々野雅哉が企画時にイメージしたうじ虫のごとく増殖する小さなガンダムは、チョロQダグラムから着想を得ていることが考えられる。佐々野雅哉は、Dr.スランプ アラレちゃんの雰囲気を取り入れて子供でも楽しめる世界観にすることを考えていたが、うじ虫のごとく増殖するロボットのイメージについては、チョロQダグラムにある。
メモ ロボットがワイワイと登場する場面は、にせガンダムらしきキャラクターが描かれている。
メモ Dr.スランプのコピーくんの巻にて、女の子が増殖する絵がある。
メモ バンダイは、アニメのDr.スランプ アラレちゃんのスポンサーだった。バンダイ、バンダイ模型、ポピーから、関連商品が発売された。
メモ 佐々野雅哉は後に玩具第1事業部へ異動となり、タカラが発売した魔神英雄伝ワタルのプラクションに対抗する為、同じように組み立て式玩具になっている元祖SDガンダムを企画して、1988年12月に発売した。佐々野雅哉に問い合わせた時に、情報を得た。
メモ 1980年代のバンダイは、タカラの商品に似た商品をいくつも発売していた。

bandai mokei jowhow 1985 06 01

1985年6月1日発行、模型情報1985年6月号にて、スーパーディフォルメガンダムワールドのサンプルが掲載された。
メモ 同ページにて、特機事業部が担当したディフォルメZガンダムPART1と、ホビー事業部が担当したロボチェンマンの新商品も掲載された。
メモ 1985年5月の時点では、商品名はスーパーディフォルメではなく、超デフォルメだったことが考えられる。

hobby japan 1985 08 01

スーパーディフォルメガンダムワールドの最初の16体は、1985年8月に発売された。この時の横井孝二は、17歳の高校3年生だった。

横井孝二は、その後も様々なSDガンダムの企画に関わった。
メモ SDガンダムには多数の人が関わって、デフォルメのバランスが異なる様々な立体物が発売された。脚が長めなデフォルメもSDガンダム商品として発売されて、SDの定義は曖昧になった。


SDガンダムに関しての奇妙な話 PART 1

ホビージャパン2012年5月号にて横井孝二のことをSDガンダムの生みの親と記載していて、違和感がある。本件で生みの親という言葉を使うと、極端なデフォルメの発案者、商品の開発者、商品名の発案者という意味まで含んでしまう。
メモ 2004年7月9日に発行された機動戦士ガンダムヒストリカ第8巻でも、生みの親と記載されている。
  1. 1983年7月、チョロQダグラムが映画館で公開された。
  2. 1983年10月頃、タカラからチョロQダグラムの完成品フィギュアが発売された。
  3. 1984年5月、第23回静岡プラスチックモデル見本市にて、バンダイのホビー事業部からロボチェンマンが6種類発表された。
  4. 1984年7月ロボチェンマンのウォーカーギャリアとバイファムが発売された。
  5. 1984年8月ロボチェンマンのエルガイムが発売された。
  6. 1984年9月ロボチェンマンのガンダムフルアーマータイプが発売された。
  7. 1984年10月ロボチェンマンのザクIIが発売された。
  8. 1984年10月、バンダイの特機事業部からガシャポンの重戦機エルガイムが発売された。ミニサイズのプラモデルになっている。エルガイムのデフォルメのバランスは、ロボチェンマンのエルガイムに似ている。佐々野雅哉が企画した。特機事業部とホビー事業部は、同じ本社ビル内にあった。
  9. 1985年5月、特機事業部からガシャポンのディフォルメヒーローシリーズ超時空要塞マクロスが発売された。ミニサイズのプラモデルになっている。バイファムとビルバインのデフォルメのバランスは、ロボチェンマンのバイファムとビルバインに似ている。
  10. 1985年7月、特機事業部からガシャポンのディフォルメZガンダムPART1が発売された。ミニサイズのプラモデルになっている。ガンダムMk-IIとリック・ディアスのデフォルメのバランスは、ロボチェンマンのガンダムマークIIとリック・ディアスに似ている。
  11. 1985年8月、特機事業部からガシャポンのスーパーディフォルメガンダムワールドPART1が発売された。塩化ビニールの塊になっている。デフォルメのバランスは、頭が大きくて脚が短い、全体的に丸っこい感じになっている。
こうした経緯があった為、SDガンダムの生みの親として1人を指定してしまうと、手柄を独り占めしている印象を与えてしまう。

他にもホビージャパン2012年5月号には、誤解している点がある。2頭身に縮めながらも精密さを持ついわゆるSDスタイルは、SDガンダムより発生と記載されているが、1984年9月ロボチェンマンのガンダムフルアーマータイプが発売されていて、パッケージに掲載された絵はSDスタイルになっている。
メモ 該当文の末尾には、というかSD以前にSDという言葉は無かったしという口語調の補足が記載されているが、トリッキーで紛らわしいと判断して読み飛ばした。
メモ 後にツイッターにて、インタビュー記事を担当した栗原昌宏は、ロボチェンマンに詳しくないことが判明した。
メモ 横井孝二も、スーパーディフォルメガンダムワールドの原型とも言えるロボチェンマンのザクIIの絵や、ガンダムフルアーマータイプがあったことについては言及していない為、スーパーディフォルメガンダムワールドを起点にしようとしている印象を与えている。当時の状況を忘れていることが考えられる。

kodansha comic bombom 1985 05 02

脚が無い丸っこいスタイルについても、スーパーディフォルメガンダムワールドよりも前に発表された作品がある。1985年4月15日発売、コミックボンボン1985年5月号にて掲載されたこちらロボ番地!に登場するザクIIは、脚がほとんど無くスカートも縮めていて、横井孝二が描いたスーパーディフォルメガンダムワールドとほぼ同じデフォルメのバランスになっている。こちらロボ番地!ロボチェンマンとパロチェンマンを活躍させることを目的にして連載を開始した漫画だったが、作者のときた洸一はデフォルメのバランスを変えて描いていた。
メモ ときた洸一が描いたザクIIは、ロボチェンマンのザクIIの組立説明書にて掲載された、横井孝二が描いたザクIIを土台にしていることが考えられる。

他にもホビージャパン2012年5月号には、怪しい内容がある。横井孝二がデビュー前にプライベートで描いた絵としてロボチェンマンのザクIIの絵が掲載されている。デフォルメのバランスと時期の点から誤報の疑いがあったが、SDガンダム デザインワークスにてロボチェンマン用に描かれた絵に訂正されて、問題は解消された。
メモ SDガンダム デザインワークス栗原昌宏が執筆した。

ホビージャパン2012年5月号のSDガンダムの誕生について記載されているページは、参考に出来る部分と出来ない部分に注意して読む必要がある。


SDガンダムに関しての奇妙な話 PART 2

ガンダム神話にてSDガンダムの誕生について記載されているが、状況の説明が足りない為に誤解を与える内容になっている。 ところで、佐々野雅哉の上司がガンダムに対する冒涜だと発言した件と、うぢ虫ぐわんだむの文字が原因で創通エージェンシーの担当者がキャラクターをバカにしていると怒った件は、話を面白くする為にコミカルに誇張した雰囲気を感じる。
メモ 佐々野雅哉に問い合わせたが、返答は得られなかった。佐々野雅哉の元上司に、実際はどうだったのか問い合わせる必要がある。
メモ 重戦機エルガイム第2弾ディフォルメヒーローシリーズ、超時空要塞マクロス、ディフォルメZガンダムPART1のガシャポン機用ディスプレイに掲載された絵は、横井孝二が描いた。

他にもガンダム神話には、誤解している点がある。横井孝二は機動戦士ガンダムのモビルスーツを2頭身で描いて模型情報に投稿したことが記載されているが、横井孝二は2頭身の絵は投稿していない。この誤報は、俺たちのガンダム・ビジネスやウィキペディアのSDガンダムのページに拡散した。

bandai mokei jowhow 1983 01 01

1982年12月25日発行、模型情報1983年1月号にて、アッグガイを2頭身にした絵が掲載された。投稿したのは、横井孝二ではない。
メモ アッグガイは、元からデフォルメ的なデザインになっている。

ガンダム神話のSDガンダムの誕生について記載されているページは、参考に出来る部分と出来ない部分に注意して読む必要がある。
メモ ガンダム神話は、猪俣謙次が執筆した。


SDガンダムに関しての奇妙な話 PART 3

ガンダムに関連した立体物を展示したガンダムワールドが、日本の各地で開催された。その会場内にはSDガンダムの歴史について記載されたパネルがあって、誤解している点が多々あった。
メモ 東京で開催されたGUNPLA展でも、同じパネルが使われていた。
メモ SDガンダムが展示されないガンダムワールドもあった。

SDガンダム誕生!
高校生が模型誌に投稿したイラストから始まった・・・

『機動戦士ガンダム』劇場三部作の公開終了後もガンプラブームは衰えることなく、バンダイは『模型情報』という月刊誌を発行して、ガンプラの最新商品情報や模型製作例などを紹介していた。
その読者投稿イラストコーナーに、風変わりなモビルスーツのイラストが掲載される。愛知県在住の高校生・鳥山劣君(ペンネーム)が描いたそのイラストは、三頭身にデフォルメされたガンダムだった。彼のイラストに注目した編集部は、1984年3月号から『MJ劇場』のタイトルで『模型情報』に4コマ漫画の執筆を依頼。この『MJ劇場』が現在まで続くSDガンダムの原型となった。
ペンネーム・鳥山劣君は、現在では"横井画伯"と呼ばれる横井孝二氏。SDガンダムの生みの親としてファンから神格化されている存在である。もう一つのガンダムワールドである『SDガンダム』の歴史は、アニメではなく、高校生が描いた独創的なイラストから始まったのだ。

明らかに、問題図書のガンダム神話を参考にしている。2頭身を3頭身に改定しているが、3頭身のモビルスーツの絵が掲載されたのは加藤智に起用された後の4コマ漫画からで、それ以前は3頭身のモビルスーツは掲載されていない。そして横井孝二を祭り上げている箇所は、使われている語句からホビージャパン2012年5月号を参考にしていることが考えられる。
メモ ガンダムワールドの主催は各イベントごとに異なるが、企画制作はバンダイと記載されている。パネルの文を執筆したのは誰だったのかバンダイに問い合わせたが、分からないとの返答を得た。
メモ 横井画伯という語は大衆から広まったのではなく、講談社に関連した雑誌や模型情報にて使われていた。SDガンダムに関係したバンダイの関係者は、肩書きを付けてキャラクター化する演出がされていて、他には教授と指導員があった。


SDガンダムに関しての奇妙な話 PART 4

スーパーディフォルメガンダムワールドPART11985年8月に発売されたが、俺たちのガンダム・ビジネスやインターネットの各ウェブでは、何故か1985年6月に発売されたことになっている。

誤解の原因は、ウィキペディアのSDガンダムのページが考えられる。2004年2月9日にウィキペディアを更新した人は、模型情報1985年6月号にてスーパーディフォルメガンダムワールドのサンプルが掲載されたことを誤解して、ウィキペディアに6月に発売と記載したことが考えられる。さらに2015年6月、横井孝二によってツイッター内で誤報が拡散した。

バンダイはSDガンダム30周年記念商品を2015年7月に発売して、GUNPLA展では1987年に発売という誤表示があったこともあり、本件はバンダイに報告した。
メモ バンダイに問い合わせて、スーパーディフォルメガンダムワールドPART1の出荷日が記載された資料は無いとの情報を得た。
メモ バンダイがSDガンダム30周年記念商品を2015年7月に発売した理由は不明だが、おそらく1985年7月25日に発売されたホビージャパン1985年8月号を参考にしたことが考えられる。誌面ではディフォルメZガンダムPART1が発売中と記載されていて、スーパーディフォルメガンダムワールドは発売中とは記載されていない。


SDガンダムに関しての奇妙な話 PART 5

コミックボンボンにて爆笑戦士!SDガンダムを連載した佐藤元が、自身が描いた作品がSDガンダムの起源になっていることを言及したが、誤解している。

1983年12月20日発行、デュアルマガジン第7号1984年WINTERから、1984年9月20日発行、同誌第10号1984年AUTUMNまで、佐藤元が描いたQロボゴーグちゃんが連載された。アニメの巨神ゴーグは、放送開始が1983年10月から1984年4月に変更になった経緯があったが、Qロボゴーグちゃんは巨神ゴーグの放送前に発表された。
メモ アニメの巨神ゴーグは、放送前に試写会が行われた。

佐藤元のツイッターにて、SDの起源としてQロボゴーグがあるはず、さらに、QロボゴーグはSDガンダムの元、との言及がされたが、バンダイのデフォルメロボット企画はチョロQダグラムがあったことで始動していた。
メモ 上↑のロボチェンマンの項目と、SDガンダムに関しての奇妙な話PART1の項目を参照。
  1. 1983年7月、チョロQダグラムが映画館で公開された。
  2. 1983年10月頃、タカラからチョロQダグラムの完成品フィギュアが発売された。
  3. 1983年12月、デュアルマガジン第7号1984年WINTERが発売されて、漫画のQロボゴーグちゃんが連載を開始した。Qロボゴーグは、脚が長い特徴がある。
  4. 1984年1月、デュアルマガジン別冊3Dジャーナル創刊号が発売されて、漫画のドリスちゃんのカルチャークラブが連載を開始した。第1回目には、Qロボゴーグが描かれている。
  5. 1984年4月コミックボンボン1984年5月号が発売されて、漫画のロボロボカンパニーが連載を開始した。第1話には、Qロボゴーグとザクが描かれている。
  6. 1984年5月、第23回静岡プラスチックモデル見本市にて、タカラはQロボゴーグ、バンダイはロボチェンマンを発表した。ロボチェンマンのガンダムフルアーマータイプは、SDガンダムの第1号商品とも言える雰囲気になっている。
  7. 1984年6月、タカラからQロボゴーグの完成品フィギュアが1種類、プラモデルが1種類発売された。
  8. 1984年7月、タカラからQロボゴーグのプラモデルが3種類発売された。
  9. 1984年7月、バンダイからロボチェンマンのウォーカーギャリアとバイファムが発売された。
  10. 1984年9月、バンダイからロボチェンマンのガンダムフルアーマータイプが発売された。
  11. 1985年8月、バンダイからガシャポンのスーパーディフォルメガンダムワールドPART1が発売された。丸っこさを表現する為に頭は大きく、脚はほとんど無いか全く無い。
ところで佐藤元のツイッターにて、チョロQダグラムを起点に考える人が多すぎて困る、企画はQロボが先との言及がされたが、もしQロボゴーグがチョロQダグラムよりもちょっと前に企画されていても、公開していない期間は他社や大衆には影響を与えていない。さらにスーパーディフォルメガンダムワールドを企画した佐々野雅哉が後のSDガンダム商品の企画時に意識した作品は、タカラがスポンサーになっていた魔神英雄伝ワタルだった。Qロボゴーグが、後のSDガンダム商品に影響を与えた様子は見られない。
メモ Qロボは、チョロQロボとは関連は無い。さらに1984年にはデフォルメ戦闘機がロボットに変形するチョロボという商品も発売されていて、紛らわしい。
メモ チョロQロボの企画は、佐藤元は関わっていない。部署が異なった為に佐藤元にはチョロQロボの情報は入らなかったが、企画のスタート時期だけは分かっていたらしい。
メモ Qロボゴーグの商品パッケージに掲載された絵は、佐藤元が描いた
メモ 巨大ロボットをデフォルメにして人格を持たせた作品は、Qロボゴーグが最初ではない
メモ 巨神ゴーグの放送開始に合わせて、テレビマガジン1984年5月号にて、 とや邦行ほしの竜一が描いた漫画、ポケポケQロボが連載を開始した。登場する日本サンライズのロボットの表情は、成井紀郎または真樹村正から着想を得ていることが考えられる。
メモ デュアルマガジンは、第12号で廃刊になった。

kodansha comic bombom 1984 05 01

1984年4月14日発売コミックボンボン1984年5月号から、1986年1月15日発売、同誌1986年2月号まで、佐藤元が描いたロボロボカンパニーが連載された。佐藤元のウェブページにて、コミックボンボン25周年記念番組にて、この漫画がガンダムを一番最初にデフォルメしたと認めていると記載されたが、1982年5月10日発行、Dr.スランプ第7巻にて掲載された鳥山明が描いたザクのほうが発表が早い。そしてRX-78ガンダムならば、模型情報1984年3月号にて掲載された横井孝二が描いた4コマ漫画や、もっと古い作品としてテレビマガジン1979年6月号にて掲載された成井紀郎が描いた挿絵のほうが発表が早い。
メモ 機動戦士ガンダムII哀戦士編のパンフレットにて掲載されたアッガイは、設定画と比較するとデフォルメはほとんどしていない。


巨大な人型ロボットをデフォルメにアレンジした作品

アニメのチョロQダグラムにてダグラムが伸びたり縮んだりする演出は、1982年8月7日に放送された逆転イッパツマンの第26話から着想を得ていることが考えられる。

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逆転王のボディは、極端なデフォルメになっている。

1979年5月1日発売、テレビマガジン1979年6月号にて、成井紀郎が描いたRX-78ガンダムが掲載された。成井紀郎はテレビマガジンで活躍していた漫画家で、1977年5月号から12月号まで連載したゴーゴー悟空や、1977年2月号の表紙1977年7月号1978年2月号等、多くのデフォルメロボットを描いた。
メモ テレビマガジン1979年5月号にて、RX-78ガンダムの顔が掲載された。
メモ 成井紀郎が描いたデフォルメロボットの大胆な口の表現は、真樹村正が同誌1975年7月号から連載を開始したジャンジャジャ〜ン ボスボロットだいから着想を得ていることが考えられる。

セイカノートが発売したスーパーロボット レッドバロンのかるたにて、デフォルメロボットが描かれている。
メモ 発売日が不明な為、セイカを合併したサンスター文具に問い合わせたが、資料は残っていないとの情報を得た。スーパーロボット レッドバロンは、1973年に放映された。

三ツ葉電機製作所が1966年に発売したミツバの鉄人28号ランプは、デフォルメになっている。
メモ ミツバに問い合わせて、ミツバの鉄人28号ランプCL-1型が1966年に発売された情報を得た。