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ホビージャパン「読者のイラストコーナー」に投稿した絵

ホビージャパン1984年5月号にて、エルガイム少女が掲載された。北崎拓が漫画家としてデビューする前に、投稿した作品だった。
メモ このページは北崎拓に問い合わせて、得た情報を元に製作した。

hobby japan 1984 05 03 モザイクあり

ペンネームは、北崎ひろみにしていた。
メモ 北崎拓の自宅の住所が誌面に掲載された為、ホビージャパンの読者からファンレターが届いた

hobby japan 1984 07 01

ホビージャパン1984年7月号にて、再びエルガイム少女が掲載された。この時には漫画家としてデビューすることを知らせていたが、デビュー後に掲載された。
メモ 少年ビッグコミックで行われた第4期コミック・ゼミナールにて、北崎拓が描いた英雄行進曲が優秀作品に選ばれた。英雄行進曲が掲載された少年ビッグコミックは、6月8日に発売された。


模型情報「ふろーむ模型少年&少女」に投稿した絵

北崎拓は、バンダイが発行した模型情報にも北崎ひろみのペンネームで投稿していた。

bandai mokei jowhow 1984 07 01

模型情報1984年7月号にて、エルガイム少女が掲載された。この投稿がきっかけで、北崎拓は模型情報に起用された。
メモ 北崎拓の自宅に、模型情報の編集長だった加藤智から電話があった。

bandai mokei jowhow 1984 11 01

模型情報1984年11月号にて、オージェ少女が掲載された。左側には北崎拓のファンの絵が掲載されて、北崎ひろみが北崎拓ということを知らせていた。
メモ 模型情報1985年6月号にも同ファンの絵が掲載されて、北崎さんのイラストが毎月見れるなんて―最高だね、と記していた。

bandai mokei jowhow 1985 01 01

模型情報1985年1月号にて、エルガイムMk-II少女が掲載された。


高校生なのにプロ漫画家!

北崎拓は当時、美術系の大学に進学することを考えていた17歳の高校3年生だった。

shogakukan shonen big comic 1984 10 26 01

しかし少年ビッグコミックと模型情報にて仕事を得た為、受験勉強よりも仕事を優先した。 スパイラルゾーンの検討用漫画は、東京の美術系の大学を受験する為に宿泊した旅館で仕上げた。
メモ 検討用漫画は、当初から検討目的で北崎拓に発注された。結果、小説版が1985年4月号より連載となり、漫画版はバトルスコーピオンKというタイトルで1986年8月号から短期連載となった。

bandai mokei jowhow 1985 11 01

こうしたドタバタが影響したこともあって、大学には受からなかった。しかし後に漫画家としての活動が波に乗った為、合格しても長続きはしないことが考えられる。
メモ 美術系の大学の合否は、クリエイターの将来を決定するものではないことを物語っている。
メモ 美術系の大学に通って漫画家になった例として、かくかくしかじかがある。

shogakukan shonen big comic 1985 06 28 01

DEM前編DEM後編のネームは、高校在学時に執筆した。
  • DEM前編 少年ビッグコミック1985年6月28日号No.12に掲載
  • DEM後編 少年ビッグコミック1985年7月12日号No.13に掲載
高校を卒業後は兵庫県から東京都に引越しして、漫画を描き続けて現在に至る。美術系の大学や専門学校に通うことなく、さらにアシスタントをすることがなかった点は、バクマンの新妻エイジを彷彿させる。ただしメカの描写には苦手意識を抱えていて、30数年経った現在も変わらない。
メモ 友人作家のヘルプはしたことがあった。

bandai mokei jowhow kitazaki hiromi 01

模型情報では、ペンネームを北崎拓美にしていた。拓美と書いて、ひろみと読む。
メモ 拓は、常用漢字表外でひろと読むことが出来る。 エルガイム少女等の絵の発注は、模型情報側からは無かった。