MS少女の定義

MS少女という言葉が、MS少女の定義になる。 この2つの条件を組み合わせている表現が、MS少女になる。

MS少女のMSは、カタカナで書き表すとエムエスになる。2014年10月22日に放送されたアニメ、ガンダムビルドファイターズトライ第3話にて、この言葉が使われた。


MS少女の黎明期

バンダイ静岡工場のデザイン課が出版した模型情報にて、MS少女という言葉が初めて記載された。

鳥山明が描いたガンダム少女 1981年

赤井孝美が描いたガンダム少女 1982年

増尾隆幸が描いたガンダム少女 1983年 1984年

居村眞二が描いたガンダム少女 1983年

あさりよしとおが描いたガンダム少女 1984年

杉原昌子が描いたガンダム少女 1984年

ふじたゆきひさが描いたガンダム少女 1985年

加藤洋之&後藤啓介が描いたガンダム少女 1985年

中原れいが描いたガンダム少女 1985年

バンダイのホビー事業部が企画したガンダム少女 1985年


MS少女に似ている表現の一例

人型ロボットと人物を組み合わせている表現は、他にもあった。

吾妻ひでおが描いたイデオン少女 1980年 1982年

中原れいが描いたダグラム少女 1982年

斎藤栄一が描いたバルキリー少年 1983年

明貴美加が描いたザブングル少女とガリアン少女 1983年 1984年

やまと虹一が描いたガンダム少年 1983年

横井孝二が描いたダンバイン少女 1984年

田中精美が描いたバルキリー少女 1984年

模型雑誌のホビージャパンでは、1984年12月号にてエルガイムのバッシュ少女、1985年3月号にてエルガイム少女、1985年5月号にてエルガイムMk-II少女、1985年8月号にてエルガイムのバルブド・カイゼス少女が掲載された。
メモ 1984年~1985年のホビージャパンや模型情報の読者投稿ページにて、エルガイム少女の絵が度々掲載された。漫画家の北崎拓が高校生の時に投稿した。


MS少女に関しての奇妙な話

1986年以降は、明貴美加が積極的にMS少女を描いた。1986年1月15日に発行されたジ・アニメ特別編集 機動戦士ZガンダムPART2にて作品が掲載された後、月刊ジ・アニメと月刊モデルグラフィックスにて作品が掲載された。そして1994年にはMS少女という言葉を商品名にした画集、超音速のMS少女が出版された。

2018年6月28日にサンライズのウェブサイトにて、明貴美加がMS少女の生みの親との説明文が掲載された。しかし生みの親という言葉は、物事を最初に始めた人、最初に作り出した人を意味していて、明貴美加には当てはまらない。
  • もし未発表の作品があるとしても、本当に古い作品かどうかが判断出来ない。さらに未発表の作品は、世間には全く影響を与えていない。
  • 創通エージェンシーから版権を得たMS少女はバンダイのアーマードレディーがあり、1985年5月24日に開催された第24回静岡プラスチックモデル見本市にて発表された。さらに模型情報1984年5月号にて掲載されたバンダイのMS GIRLSも、創通エージェンシーから販売の許可を得ていることが考えられる。
  • アニメのガンダムシリーズに起用されたメカデザイナーがMS少女を描いても、生みの親や元祖にはならない。
明貴美加による悪ノリおふざけ演出も考えられるが、生みの親や元祖という言葉はインターネットでは拡散しやすい為、改定が望ましい。