1970年代、自分が子供だった頃はレゴでよく遊んだ。パーツは適度な量があり、その範囲で様々な立体物を完成させた。ほとんどが無個性でカクカクしているパーツになっていて、品番801に似ている歯車パーツが数個と、建物パーツが数個混ざっていた。幼稚園時代に買い、さらに見本を見ないで好きなように組み立てた為、細かな状況は思い出せない。さらに自分が親に欲しいと言ったかどうかも、思い出せない。例外として、小学1年生の時に買い足した品番692かそれに近い品は、親に欲しいと言って買ってもらったことを記憶している。

見本を見ないで、試行錯誤しながら何かを組み立てる様子は、遊ぶというよりも、ストレスな作業をしているようにイメージするかもしれない。しかし昭和の時代は物が溢れていないこと、そしてテレビは面白くないこと、等々、油断するとボーっとするしかない状況だった為、こうした遊びをすることに迷いはなかった。大人も同様に、地味な作業をする手工芸を地味とは思わずに、楽しむ雰囲気があった。手作り教室が繁栄した時代だった。

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ところで現在のレゴは、プラモデルやジグソーパズルのように、あるカタチに組み立てることを第1の目標にしている品がメインになっている。パーツの中には、あるカタチを成立させる為に、特殊な角度があり、ツルっとしている曲面がある。版権キャラクターに特徴的なパーツを使うことは理解出来るが、オリジナルシリーズも凄いことになっている。CITYシリーズはレゴには見えないのだが、プレイモービルに対抗する玩具をメーカーは模索したのだろうか。

自分が体験した1970年代のレゴとは、明らかに商品の思想が違う。昔のレゴも乗り物や建築物を販売していたが、ほとんどが無個性なカクカクしているパーツで構成していて、性質は基本セットと同じだった。

しかし視点をガッチャンコ!!と変えて見ると、あるカタチに組み立てることを第1の目標にしている品は、これはこれで洗練されていて、良いデザインだと感じた。

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あるカタチに組み立てることを第1の目標にしている品のパッケージには迫力があり、高級感があり、分かりやすく、よく売れそうな雰囲気がある。小売業視点では、こうした商品のほうがストレスがない。



子供にレゴを与える場合は、何を買えば良いのか?、と自分に質問があれば、自身の体験と考えから、下記のように説明する。
  • 現在販売している、あるカタチに組み立てることを第1の目標にしている品は、プラモデル玩具として考える。そして無個性なパーツセットは、粘土として考える。この2種は、分けて考える。
  • 完成品で激しく遊ぶ目的がある場合は、あるカタチに組み立てることを第1の目標にしている品を薦める。例えば飛行機は機体がガッシリしていて、パーツは少ない為、手に持っている時に重みでポッキリと分解することはなさそうな感じがある。
  • 高度な事務作業に対応出来る能力、あるルールや慣習に沿う行動を望むならば、あるカタチに組み立てることを第1の目標にしている品を薦める。CITYシリーズではなく、例えば、クリエイターの大きな建築物は、パーツが多く良さそうな感じがある。しかしエッフェル塔フォルクスワーゲンビートルのような巨大で高額な品は、子供は単調な組み立てに飽きて、放り出してしまうことが考えられる。レゴ直営店のスタッフも、エッフェル塔の組み立ては大変だったと言っていた。モンスターファイターのホーンテッドハウスは14歳以上という表示があるが、低学年にも良いと考えている。雰囲気が良く、自分も欲しい。
  • 作家関連になりそうな雰囲気があるなら、無個性なパーツセットを薦める。自由に組み立てさせて、自由に遊ばせる。組み立てる立体物が、無意味に見える物であっても、親は注意はしない、短期で結果を求めない、他の子供との比較をしない、他の子供との競争意識は持たない。もし、親に導く能力があるなら、適度にタイミング良く導いて様子を見る。あるカタチに組み立てることを第1の目標にしている品、つまりプロによるデザインを体験させてから、無個性なパーツを買い足して、アレンジを教える方法もあるが、メーカーが提案していることを基準にしてしまい、頑固に拘ってしまうこともあるのでは、特徴的なパーツに振り回されてしまうのでは、とも考えている。その為、子供には最初の段階から、無個性なパーツを与える。